私は蕾になる
絶望の始まり
事の始まりは、私が中学入学してしばらくしたある日のことだった。
私はその頃普通に学校に行っていたし、周りにも友達が沢山いたし、部活や勉強も何もかも楽しんでいた。だから、自分が不登校とか引きこもりになるなんて考えたこともなかったのだ。
そう、あの日までは。
あの日の昼休み、私はトイレに行ったのだが、手洗い場には同じクラスの女子数名が何やら話し込んでいた。私は彼女達の前を素通りし、個室に入ろうとしたのだが……。
「それにしてもさー、千鶴って本当トロイよね~」
「確かに。この前の体育祭だってさ、アイツがコケたせいでうちのクラス、リレーで最下位になったんだし」
「なんか見ててイライラするよね~」
「わかる〜」
キャハハハと甲高い笑い声を上げる彼女達の言葉に、私は足を止める。
ーーな、何言ってんの。この人達……。
千鶴というのは私達と同じクラスの子だ。彼女は運動はあまり得意ではないがとても頭が良く、常に学年一位をとっていた。
それに……。
『ね、ねぇ。コノハちゃん、もしかして体調が悪いんじゃ……』
『いや、大丈夫だから。絶対優勝してみせるし……』
『駄目だよ無理しないで!』
『え……』
『私が代わりに出るから、コノハちゃんは休んでて』
あの日千鶴が走ったのは、選手でありながら体調不良を起こしていた私の為だった。それに負けた時だって千鶴は『私のせいでごめん』と言っていたけど……。
千鶴は、負けたくて負けたんじゃない。私の為に走ってくれたんだから。
私はそんな千鶴の優しさと勇気に救われたんだから。
だから勝手に、あの子の価値を決めつけないで欲しい。
「もういっそアイツのことしばいちゃって良くね?」
「あはは、それ良い〜」
「それくらいの罰は与えても良いかもね~」
「……ちょっと、あなた達」
私は未だに千鶴のことで談笑する彼女達に声をかける。彼女達は口を閉ざし、呆然と私を見つめた。
今思えばあの時、私は頭に血がのぼっていたのかもしれない。
「そうやって人を小馬鹿にするのはどうかと思うけど」
「え……、いやあの……」
「だ、だってさ。千鶴がムカつくのは本当のことじゃん……」
「コノハだってそう思うでしょ?」
それでも千鶴の悪口を言い続ける彼女達に、私の怒りはさらに増す。
そして、私は彼女達と対して変わらないことを言ってしまったのだ。
「私にとっては、あなた達の方がムカつくけど。いつもそうやって人の揚げ足ばかりとって笑い話にして。本当にダサいわ」
「な……!」
私の言葉を受けて顔を真っ赤にする彼女達を見て、私はふと我に返る。しまった。さすがにダサいは言い過ぎたかも……。
私の悪い癖だ。私は自分が思ったことをそのまま人に伝えてしまう癖がある。本当はもっと別の言い回しがあるはずなのに、もっと別の言い方で、千鶴の悪口を止めさせるべきだったのに、思わずこんな酷いことを言ってしまった。
だけど、気付いた時にはもう遅かった。
顔を真っ赤にしたまま肩を震わせる彼女達の瞳には憎悪が宿っていた。
ーーこれが、私が学校に行けなくなった理由の序章に過ぎない出来事なのは、言うまでもない。私は知らず知らず、周りの怒りを買ってしまっていたようだった。人の噂話や悪口を嫌ったり、自分の嫌なことは嫌だと伝えることは、どうやら協調性に欠けるらしい。
それからの日々は、本当に地獄だった。
それこそ悪口や冷やかしは日常茶飯事だったし、教科書がなくなったりトイレに体操着が捨てられたりすることもあった。
だけど一番決定的だったのは……。
『ほら〜千鶴もそこにゴミ捨てなよ~』
『え……。でも』
『だって千鶴もコノハのこと嫌いって言ってたじゃん』
『そ、それは』
『だよね~。いつも正義面してくるコノハが鬱陶しいって言ってたよね~?』
『……っ』
殴られ蹴られを繰り返して、教室の隅で蹲る私の前に群がるクラスメイト達。その中の中心には、確かに千鶴もいた。
教室に設置してあるゴミ箱を持つ千鶴の手は、小刻みに震えている。
ーー怖い。やめて。
これから千鶴がしようとしていることを察した私は、必死にやめるよう千鶴に訴えかける。しかし脇腹の痛みのせいで上手く声が出ない。
そんな私の様子を見て、笑い声を上げるクラスメイト達。
『うわっ、何コイツキモっ!』
『お得意のそういうことやめた方が良いよ〜、ってか?』
『テメーのそういうところが気持ち悪いっつってんだよ!!』
既に痛い脇腹に蹴りを入れられ、私はその場に倒れ込んだ。
ーーっ、ゲホゲホッ……。
痛みに顔を歪めた私の前に、千鶴が静かに歩み寄る。
ーー千鶴……。
千鶴は感情のない表情で私を見下ろすと……。
『アンタなんて、嫌い』
そう呟き、こぼれ落ちそうな程ゴミが入ったゴミ箱を私の上に掲げーー。
私はその頃普通に学校に行っていたし、周りにも友達が沢山いたし、部活や勉強も何もかも楽しんでいた。だから、自分が不登校とか引きこもりになるなんて考えたこともなかったのだ。
そう、あの日までは。
あの日の昼休み、私はトイレに行ったのだが、手洗い場には同じクラスの女子数名が何やら話し込んでいた。私は彼女達の前を素通りし、個室に入ろうとしたのだが……。
「それにしてもさー、千鶴って本当トロイよね~」
「確かに。この前の体育祭だってさ、アイツがコケたせいでうちのクラス、リレーで最下位になったんだし」
「なんか見ててイライラするよね~」
「わかる〜」
キャハハハと甲高い笑い声を上げる彼女達の言葉に、私は足を止める。
ーーな、何言ってんの。この人達……。
千鶴というのは私達と同じクラスの子だ。彼女は運動はあまり得意ではないがとても頭が良く、常に学年一位をとっていた。
それに……。
『ね、ねぇ。コノハちゃん、もしかして体調が悪いんじゃ……』
『いや、大丈夫だから。絶対優勝してみせるし……』
『駄目だよ無理しないで!』
『え……』
『私が代わりに出るから、コノハちゃんは休んでて』
あの日千鶴が走ったのは、選手でありながら体調不良を起こしていた私の為だった。それに負けた時だって千鶴は『私のせいでごめん』と言っていたけど……。
千鶴は、負けたくて負けたんじゃない。私の為に走ってくれたんだから。
私はそんな千鶴の優しさと勇気に救われたんだから。
だから勝手に、あの子の価値を決めつけないで欲しい。
「もういっそアイツのことしばいちゃって良くね?」
「あはは、それ良い〜」
「それくらいの罰は与えても良いかもね~」
「……ちょっと、あなた達」
私は未だに千鶴のことで談笑する彼女達に声をかける。彼女達は口を閉ざし、呆然と私を見つめた。
今思えばあの時、私は頭に血がのぼっていたのかもしれない。
「そうやって人を小馬鹿にするのはどうかと思うけど」
「え……、いやあの……」
「だ、だってさ。千鶴がムカつくのは本当のことじゃん……」
「コノハだってそう思うでしょ?」
それでも千鶴の悪口を言い続ける彼女達に、私の怒りはさらに増す。
そして、私は彼女達と対して変わらないことを言ってしまったのだ。
「私にとっては、あなた達の方がムカつくけど。いつもそうやって人の揚げ足ばかりとって笑い話にして。本当にダサいわ」
「な……!」
私の言葉を受けて顔を真っ赤にする彼女達を見て、私はふと我に返る。しまった。さすがにダサいは言い過ぎたかも……。
私の悪い癖だ。私は自分が思ったことをそのまま人に伝えてしまう癖がある。本当はもっと別の言い回しがあるはずなのに、もっと別の言い方で、千鶴の悪口を止めさせるべきだったのに、思わずこんな酷いことを言ってしまった。
だけど、気付いた時にはもう遅かった。
顔を真っ赤にしたまま肩を震わせる彼女達の瞳には憎悪が宿っていた。
ーーこれが、私が学校に行けなくなった理由の序章に過ぎない出来事なのは、言うまでもない。私は知らず知らず、周りの怒りを買ってしまっていたようだった。人の噂話や悪口を嫌ったり、自分の嫌なことは嫌だと伝えることは、どうやら協調性に欠けるらしい。
それからの日々は、本当に地獄だった。
それこそ悪口や冷やかしは日常茶飯事だったし、教科書がなくなったりトイレに体操着が捨てられたりすることもあった。
だけど一番決定的だったのは……。
『ほら〜千鶴もそこにゴミ捨てなよ~』
『え……。でも』
『だって千鶴もコノハのこと嫌いって言ってたじゃん』
『そ、それは』
『だよね~。いつも正義面してくるコノハが鬱陶しいって言ってたよね~?』
『……っ』
殴られ蹴られを繰り返して、教室の隅で蹲る私の前に群がるクラスメイト達。その中の中心には、確かに千鶴もいた。
教室に設置してあるゴミ箱を持つ千鶴の手は、小刻みに震えている。
ーー怖い。やめて。
これから千鶴がしようとしていることを察した私は、必死にやめるよう千鶴に訴えかける。しかし脇腹の痛みのせいで上手く声が出ない。
そんな私の様子を見て、笑い声を上げるクラスメイト達。
『うわっ、何コイツキモっ!』
『お得意のそういうことやめた方が良いよ〜、ってか?』
『テメーのそういうところが気持ち悪いっつってんだよ!!』
既に痛い脇腹に蹴りを入れられ、私はその場に倒れ込んだ。
ーーっ、ゲホゲホッ……。
痛みに顔を歪めた私の前に、千鶴が静かに歩み寄る。
ーー千鶴……。
千鶴は感情のない表情で私を見下ろすと……。
『アンタなんて、嫌い』
そう呟き、こぼれ落ちそうな程ゴミが入ったゴミ箱を私の上に掲げーー。