私は蕾になる
そのアイドル
「いやあああああ!!!!」
そう叫び声を上げ、私は飛び起きる。
「はぁっ……。はぁ、ゆ、夢……?」
なんてリアルな夢を見てしまったんだろう。
「う……、頭痛い……」
突然襲ってきた頭痛に、私はベッドの上で体を丸める。普通に自分の部屋から出られなくなって以来、ずっと頭が痛い。恐らくずっとスマホの画面を見続けていることや、外に出ないことが原因なのだろう。
でもー……。
「っ……」
怖い。どうしても怖い。
先程の夢を思い出し、私は更に自分の膝を抱く腕に力を込める。何故だか、肩が震える。今の季節は冬ではないのに。震えは肩から腕、足、そして全身に広がっていく。
カタカタカタカタ……。
私はどうすれば良いのだろう。こんな日々を過ごしていたら、いつか本当の意味で私は壊れてしまうかもしれないのに。
でも怖い。どうしても怖い。
「……」
しばらくそうしていると、鍵を開ける音のあと、階段を登ってくる音が聞こえてきた。
ーーあ、お母さんパート終わって帰ってきたんだ。
内心、先程の自分の叫び声を聞かれなかったことに安心していると、部屋の扉がノックされた。
「コノハ、起きてる? 今日の夕飯は、チキンライスよ。今から作るから、楽しみにしていてね」
「チキン、ライス……」
ゴクリ、と喉がなる。チキンライス、そういえば最近食べてなかったな。最近というか、引きこもるようになってからなんだけど。最後に食べたのって、いつだったっけ?
ここ最近は真夜中、お母さんが寝たあとにこっそりリビングへ行き、お母さんが作ってくれていたご飯を食べていた。もちろん、これからもそうなると思っていたけど……。
ーーチキンライス、食べたいな。
そう思った私はふらりとベッドから起き上がると、ゆっくりと扉に向かって歩き出した。いつもなら再び布団に丸まってスマホを弄り出していたはずなのに。でも今日は何かが違っていた。
この時、私は無意識に何かを感じていたのかもしれない。
ーー静かに扉を開けた私を見たお母さんは、今にも泣き出しそうに、だけど嬉しそうに笑っていた。
※※※
「はい、出来たよ」
「……ありがとう」
目の前に出されたチキンライス。それを見た途端、空腹に襲われた。お腹の虫がおさまらない。
「いただきます」
私は手を合わせると、器を持ち上げて、スプーンでチキンライスを食べる。
「……美味しい」
「ふふっ、良かったわ」
私の言葉にお母さんが微笑む。
「……お母さん」
「? なあに?」
ニコニコと微笑むお母さんを見ていると、思わず色々な言葉がこぼれそうになる。でも、上手く言葉に出せない。頭の中には沢山の言葉が思い浮かぶのに、それを口に出せないのだ。
だって、怖いから。またあんなことになったらと思うと、怖くて苦しくて、気持ち悪くなってくる。
「……、ごめん。何でもない」
思考の渦を彷徨った私は、結局何も言うことが出来ず、そう呟くだけだった。
再び口を閉ざし黙々とスプーンを動かし始めた私に、お母さんは何かを言いかけていたが、それを遮るようにテレビの音が私の鼓膜を揺らす。
『続いては先日活動を再開したーー』
あ、そうか。今テレビでは歌番組をやっていたんだ。
次はどうやら大人数の女性アイドルグループが歌う番らしい。アナウンサーの女性が名指しで一人のメンバーを紹介している。あれ、これって。
「コノハ、ごめんね。テレビ、うるさかったかしら……」
「ううん、大丈夫お母さん」
私はリモコンでテレビを消そうとしたお母さんを制止すると、チキンライスを頬張りながら、食い入るようにテレビを見つめる。
『復帰後、始めてのシングル参加でセンターに抜擢されたわけですが、今の心情を教えていただけますか?』
『はい。私はーー』
これって、このアイドルって。
『……私は、もう外には出られないと思っていました。出られなくても良い、どうでも良いと思っていました』
そうだ。この人は、この人はあの。
『でも、ある日気付いたんです。ファンの皆様の言葉で気付いたんです。本当は私まだ歌いたいって。歌って踊って、アイドルとして生きたいって』
この人は、長い活動休止を経てつい最近活動を再開したアイドルだ。確か、昼間ベッドの中でスマホをいじっていた時に、彼女のネットニュースを見たっけ。
あの時は、どうでも良いと思っていたはずなのに。
『それでは、ファンの皆様へ感謝の気持ちを込めて歌わせていただきます。来月リリースする新曲ーー』
何で今、何で今の私は、これほどまでに、彼女に惹かれているのだろう。
新曲を歌うセンターのその人を、私は必死に目で追った。パート割りで彼女が歌わない時も、必死で離すまいと追いかけた。
私は彼女が気になって仕方なかった。もうその姿が目に焼き付いて離れなかった。
誰かを追うなんて始めてだ。こんなにも心を惹きつけて切なくさせて。でも視界がだんだん優しくなっていく気がして。目の前の曇り空が、だんだん青と赤が混ざって晴れやかになっていく気がして。
そのアイドルが新曲を披露し終わり、チキンライスを食べきった頃には、私はぼんやりと椅子から立ち上がって、そして涙を流していた。
そう叫び声を上げ、私は飛び起きる。
「はぁっ……。はぁ、ゆ、夢……?」
なんてリアルな夢を見てしまったんだろう。
「う……、頭痛い……」
突然襲ってきた頭痛に、私はベッドの上で体を丸める。普通に自分の部屋から出られなくなって以来、ずっと頭が痛い。恐らくずっとスマホの画面を見続けていることや、外に出ないことが原因なのだろう。
でもー……。
「っ……」
怖い。どうしても怖い。
先程の夢を思い出し、私は更に自分の膝を抱く腕に力を込める。何故だか、肩が震える。今の季節は冬ではないのに。震えは肩から腕、足、そして全身に広がっていく。
カタカタカタカタ……。
私はどうすれば良いのだろう。こんな日々を過ごしていたら、いつか本当の意味で私は壊れてしまうかもしれないのに。
でも怖い。どうしても怖い。
「……」
しばらくそうしていると、鍵を開ける音のあと、階段を登ってくる音が聞こえてきた。
ーーあ、お母さんパート終わって帰ってきたんだ。
内心、先程の自分の叫び声を聞かれなかったことに安心していると、部屋の扉がノックされた。
「コノハ、起きてる? 今日の夕飯は、チキンライスよ。今から作るから、楽しみにしていてね」
「チキン、ライス……」
ゴクリ、と喉がなる。チキンライス、そういえば最近食べてなかったな。最近というか、引きこもるようになってからなんだけど。最後に食べたのって、いつだったっけ?
ここ最近は真夜中、お母さんが寝たあとにこっそりリビングへ行き、お母さんが作ってくれていたご飯を食べていた。もちろん、これからもそうなると思っていたけど……。
ーーチキンライス、食べたいな。
そう思った私はふらりとベッドから起き上がると、ゆっくりと扉に向かって歩き出した。いつもなら再び布団に丸まってスマホを弄り出していたはずなのに。でも今日は何かが違っていた。
この時、私は無意識に何かを感じていたのかもしれない。
ーー静かに扉を開けた私を見たお母さんは、今にも泣き出しそうに、だけど嬉しそうに笑っていた。
※※※
「はい、出来たよ」
「……ありがとう」
目の前に出されたチキンライス。それを見た途端、空腹に襲われた。お腹の虫がおさまらない。
「いただきます」
私は手を合わせると、器を持ち上げて、スプーンでチキンライスを食べる。
「……美味しい」
「ふふっ、良かったわ」
私の言葉にお母さんが微笑む。
「……お母さん」
「? なあに?」
ニコニコと微笑むお母さんを見ていると、思わず色々な言葉がこぼれそうになる。でも、上手く言葉に出せない。頭の中には沢山の言葉が思い浮かぶのに、それを口に出せないのだ。
だって、怖いから。またあんなことになったらと思うと、怖くて苦しくて、気持ち悪くなってくる。
「……、ごめん。何でもない」
思考の渦を彷徨った私は、結局何も言うことが出来ず、そう呟くだけだった。
再び口を閉ざし黙々とスプーンを動かし始めた私に、お母さんは何かを言いかけていたが、それを遮るようにテレビの音が私の鼓膜を揺らす。
『続いては先日活動を再開したーー』
あ、そうか。今テレビでは歌番組をやっていたんだ。
次はどうやら大人数の女性アイドルグループが歌う番らしい。アナウンサーの女性が名指しで一人のメンバーを紹介している。あれ、これって。
「コノハ、ごめんね。テレビ、うるさかったかしら……」
「ううん、大丈夫お母さん」
私はリモコンでテレビを消そうとしたお母さんを制止すると、チキンライスを頬張りながら、食い入るようにテレビを見つめる。
『復帰後、始めてのシングル参加でセンターに抜擢されたわけですが、今の心情を教えていただけますか?』
『はい。私はーー』
これって、このアイドルって。
『……私は、もう外には出られないと思っていました。出られなくても良い、どうでも良いと思っていました』
そうだ。この人は、この人はあの。
『でも、ある日気付いたんです。ファンの皆様の言葉で気付いたんです。本当は私まだ歌いたいって。歌って踊って、アイドルとして生きたいって』
この人は、長い活動休止を経てつい最近活動を再開したアイドルだ。確か、昼間ベッドの中でスマホをいじっていた時に、彼女のネットニュースを見たっけ。
あの時は、どうでも良いと思っていたはずなのに。
『それでは、ファンの皆様へ感謝の気持ちを込めて歌わせていただきます。来月リリースする新曲ーー』
何で今、何で今の私は、これほどまでに、彼女に惹かれているのだろう。
新曲を歌うセンターのその人を、私は必死に目で追った。パート割りで彼女が歌わない時も、必死で離すまいと追いかけた。
私は彼女が気になって仕方なかった。もうその姿が目に焼き付いて離れなかった。
誰かを追うなんて始めてだ。こんなにも心を惹きつけて切なくさせて。でも視界がだんだん優しくなっていく気がして。目の前の曇り空が、だんだん青と赤が混ざって晴れやかになっていく気がして。
そのアイドルが新曲を披露し終わり、チキンライスを食べきった頃には、私はぼんやりと椅子から立ち上がって、そして涙を流していた。