遠いあの日の約束

第1話 アルディニック号


 朝の心地良い風が少女の白髪の髪を揺らす。いつもより人が多い港には、色とりどりのデザインを見に纏った人達がそれぞれの目的の場所へと向かう為、忙しなく行き交っていた。

 ここにいる者の殆どは、きっと今日、出航する豪華客船アルディニック号に乗船する人達だろう。

 皆、それぞれ大きな荷物を肩にかけて、人を待っている者、キャリアケースを重々しく引きずりながら足早に歩き船に乗り込む者。そんな人達の中に、2人の女性の姿があった。

「やっと、この日が来たわ」

 少女はそう言うと同時に足を止め、目と鼻の先に止まっている豪華客船アルディニックを見上げた。

「ティーナ様、本当に大丈夫でしょうかね……? 奥様、絶対にお怒りになると思うのですが……」

 少女と共に足を止めた付き添いの侍女であるリアーナ は少し不安げにそう言ったが、主である白髪の髪をしたティーナと呼ばれる彼女は不安などさらさらないかのように明るい表情で返答する。

「大丈夫じゃなくても、もう決めたことなの。好きでもない人とお見合いをするくらいなら家出した方がマシよ」

「まあ、確かにそうですけどね。でも……!!」

 ティーナのその言葉に同調しつつも、また何か言い始めようとするリアーナに、ティーナは背を向け歩き始める。

「ほら、ぐちぐち言っていないで、行くわよ」

 ティーナのその行動にもう引き返して家に帰ることはないと悟ったリアーナは渋々、先を行くティーナを追いかけて走り出した。

「はぁ、もう、分かりましたよぉ……」



「これが豪華客船アルディニック、実物は写真で見るよりも大きいな……」

 同じ船に乗るであろう人達が行き交う中、茶髪の青年は足を止め、目の前に止まっている船を見上げる。

「まさか、俺がこの船に乗ることになるなんて……」

 独り言のようにそう呟き、青年は手に持っていた船のチケットを見て、その場から立ち去って行った。



「父さんには、何も言わずに来てしまったけれど、大丈夫だよな……置き手紙も残したし」

 黒髪の青年はそう言い胸の左ポケットから写真を1枚取り出した。

「母さん……」

 青年はその写真に写っている幼い頃の自分の姿と無邪気に笑う自分の後ろに立ち優しく微笑んでいる女性を見て、悲しげな顔をする。



 豪華客船アルディニック号が初出航した日は『とても晴れていた』と船に乗っていたと言う生存者の1人は言っていた。

 自分の祖父と祖母にあたる2人もその日、船に乗っていた生存者である。

 直接、2人の口から当時の出来事を私が聞くことはなかったが、私が20を迎えた誕生日の日。母方の方の実家に赴いた際、祖父と祖母から渡された分厚い一冊のノート本。

 渡されたそのノートに書かれていたのは、あの日の出来事を綴った物語であった。

 あの日、船に付き添いの侍女と共に乗り込んだ彼女は一体、何を思っていたのだろうか。
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