遠いあの日の約束

第3話 航海


 甲板に立ち心地良い風に当たりながら、何処までも続く青い海を見ていた伯爵令嬢である"エレノア"は、たまたま視界に入ってきた一等航海士であるエリックを見る。

「若そうね。それに、かっこいい。はぁ…… 一人は気楽で良いけれど、本当は誰かと一緒に来たかったわ」

 エレノアの少し寂しげな声が、穏やかな波の音と共に消えて行く。



 エレノアの視界に入ってきた二人の内の航海士の一人である"ロン"が、エレノアの容姿に思わず見惚れて釘付けになる。

「なあなあ、エリック? あそこにいる女の人、めっちゃ美人じゃないか?」
「えっ…? 美人? どの人だ? 」

 ロンが言った美人だと言う相手が何処にいるのか分からず、エリックは辺りを見回すが見つけることが出来ず……

「俺達の斜め後ろにいる女の人だよ……!!」とロンはエリックにそっと耳打ちする。

 エリックはロンに教えてもらった方向にそっと首だけを動かし視線を向ける。
 エリックの視界に入ってきたのは、自分と大して歳が変わらなさそうな女性だった。良い所のお嬢様であるのか、身に纏っている服装から上品さが伺える。
 赤髪に赤い瞳。そして、黒寄りのデザインを施したドレスが彼女の容姿をより一層、際立たせていた。エリックはあまりの彼女の美しい容姿に目を奪われる。

「本当だ……めっちゃ美人だ……」
「あれだけ美人じゃ、身分も高そうだよなぁ……」
「ああ、そうだな」



 部屋に着いたティーナとリアーナ は手に持っていた荷物を下ろし、一息つく。

「荷物も置いたし、少し船内を散策して来るわね」

 ティーナはそう言いリアーナに背を向けて部屋から出て行こうとするが、そんなティーナの背にリアーナ は声を掛ける。

「では、私も一緒に……!!」
「いや、大丈夫よ。もう、子供じゃないんだし。リアーナ、貴方に部屋の鍵を預けるから、貴方もゆっくりするといいわ」
「わかりました」

 そう返答したリアーナ に見送られて、ティーナは部屋を後にする。コツコツという自分の足音とすれ違う人の声がティーナの耳に心地良く届く。
 歩みを進め甲板に辿り着いたティーナは先程、自分を娘と似ていたと言い、間違えて自分に声をかけてしまった女性アンジェラを見つける。
 ティーナは自分に背を向け凪いだ何処までも続く海を見ている彼女の元まで歩み寄り声を掛けることにした。

「あの、さっきの方ですよね?」
「貴方は……!? 先程の」

 ティーナに声を掛けられたアンジェラは振り返り目を見開き少し驚いた顔をティーナに向ける。

「声を掛けようか迷ったのですが、先程のことが気になったので」
「全然、気にしなくていいのよ。もし、良ければ遠慮せずこれから話しかけてほしいわ」
「わかりました。じゃあ、次からはそうさせてもらいますね」
「ええ。さっき貴方に声を掛けてしまったのは、貴方がとても娘と似ていたからなのよ」

 アンジェラは娘と似ている彼女と出会ったのは、ある意味、運命なのかもしれないと思っていた。

「娘さんですか?」
「ええ、今はも居ないのだけれどね」

 アンジェラはそう言い少し悲しそうな顔をしたが、表情を変え優しい顔になり、また話し始める。

「ええ、私、娘が他界してから生きている心地がしなくて、そんな私を心配した旦那がこの船のチケットをくれてね。普段は素っ気ない旦那が少し気分転換でもしてきたらどうだ?って真剣な顔で言うもんだから」
「優しい旦那さんですね」
「ふふ、優しいのかしらね。だけど、この船に乗って娘と似ている貴方と出会えて、本当に良かったと今では思っているわ」

 出会ってそんなに経っていないが、アンジェラと少し会話をした中で、この人はきっと娘のことを大切に思い。娘の気持ちを考えられる親だったのだろう。ティーナはそう思い少しばかり羨ましくなる。

「それは嬉しいお言葉ありがとうございます。私も貴方みたいな母親だったら、もっと色々上手くいっていたのかもしれないです」
「貴方にも色々あるのね……」

 自分だけが辛い思いをしている訳じゃない。アンジェラは何処か悲しそうな顔をしたティーナを見て、優しげにそう返答する。

「あっ……!? そういえば、まだ名乗っていなかったわね。私はアンジェラ。好きなように呼んでもらって大丈夫よ」
「わかりました。私はティーナというので、呼びやすいように呼んで貰って構いません」
「じゃあ、ティーナって呼ぶわ。じゃあ、私はそろそろ行くわね。また、何処かで貴方のことを見掛けたら声を掛けるわね」
「はい。是非!!」
 
 ティーナの返事を聞いたアンジェラは優しく微笑み会釈し、その場から立ち去って行く。
 去って行くアンジェラの姿が見えなくなるまで見送り。ティーナはその場で静かに呟く。

「本当、こんなこと思っても無駄なだけなのにね……」

 そう呟いたティーナのその言葉の中に含まれる思いはティーナにしかわからない。
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