夏服に着がえて

タイミング


 私は本当はさっさと帰りたかったけれど、口実にする用事もない。

 そこで、「二人乗りしていたことをおうちの人に言いつけない」という名目で、商品の中で2番目ぐらいに高い「メロンたっぷりソフトクリームパフェ」をごちそうになることにした。自分のお小遣いで食べるには、ちょっと頑張っちゃう値段のやつだ。

 みやびちゃんは、隣町に住む中学校の友達の家に電車とバスを乗り継いで行った帰り、バス停に降り立ったところでたまたま真中君に声を掛けられ、「送るから乗ってけ」と言われたんだそうだ。
 みやびちゃんの学校は私学なので、遠距離通学の子が多いらしい。
 ついでに、うちの近所はバスの便が悪く、一番近くのバス停まで徒歩10分かかる。だから少し遠くの移動は自転車か、家の人に送ってもらうかだが、電車で行くような町に住む友達のところまでとなると、さすがにきつい。そもそも駅まで5キロくらいあるし。

 ――と、くどくど説明されなくても想像はついたけど。
 そもそも真中君は、バスから降りたのがみやびちゃんでなく私だったら、「送る」とまでは言わなかったろうな、なんて(ひが)みっぽい気持ちもわいてしまう。

 みやびちゃんは、プリンパフェの上に乗ったソフトクリームをひと口食べてから、突然、あるマイナーな少年まんがの話を始めた。
 みやびちゃんはそれを真中君に借りる約束をしたらしいが、そもそもその漫画を真中君に勧めたのが私だったので、「面白いって聞いて、お小遣いはたいて全巻買っちゃったんだって」と教えてくれた。
 私きっかけで読み始めたと言っていたので、話題として出すにはちょうどいいと思ったんだろう。気を使うみやびちゃんらしい。

 うちの父がマンガ好きで、昔から少しマイナー雑誌をよく買っている。ただ、コミックを買う習慣がなかったので、何巻でどの程度進んでいるのかまでは分からない。
 それで発売されたばかりの号のネタバラシみたいになっちゃったんだけど、察しのいいみやびちゃんは、「お、そう来る?おかげで読むのが楽しみになったよ」とにっこりするだけだった。

 父がコミック派だったら、私が真中君に貸せたのに。
 雑誌で読んで面白いと思っても、コミックを自分で買おうとすら思わなかった時点で「負け」だったのだ。

 昔はやった歌((なつ)メロっていうらしい)ばかりを紹介する番組を、少し前に見た。
 ミュージカルとかに出ている人や、俳優さんだけどCDも出している人がカバーしたりして、みんなすごく上手だったし、いい曲もいっぱいあって、いがいと面白かった。
 
 あと、昔の歌手が歌っているVTRも少し使われていた。
 やたら目を細めて笑う男の人が、「♪一番大事なのは、タイミング」みたいな歌を歌っていたけど、一緒に見ていた母が、「この人は昔、飛行機の事故で亡くなったんだよ。まだ若かったのにねえ」と言った。

 明るい声で幸せそうに歌っていた男の人が、たまたま乗った飛行機が落ちたせいで、きれいな奥さんやお子さんを残してあの世に旅立ったのも。
 私が「面白いよ」って言いながらも、コミックを買っていなかったのも。
 真中君が、みやびちゃんの降りたバスの近くを通りかかったのも…。

 いってしまえば、人生の全てがタイミングなんだろう。
 父だって、タイミング次第では会社に勤め続けていたかもしれない。

「真中君が、『知らない漫画をいろいろ教えてくれるから、助かってる』って言ってたよ」

 男子は女子が面白いって言う漫画はあんまり読まないものだ。
 もし少女まんがにハマることがあっても、「姉ちゃんが」「妹が」「たまたまアニメ見たら面白かったから」とか、言い訳が必ず付くし、少年まんがだと、女子はもともと人気のある作品を読んでいることが多いからね。
 そんな中で、真中君が偏見なく私のおススメ作品を読み、コミックをそろえるまでしてくれたことは、正直うれしいけれど、向こうにしてみると「助かってる」なのか。

 私だって本当はね、水色の小花柄のワンピースをシュッと着こなして、「わ、このザラメおいしい」とか言いながらプリンパフェ食べて、小学校時代の同級生の子に自転車で家まで送ってもらったり、まんがを貸してもらったりする側の女の子になりたかった。

 一つ一つは些細でも、人の身の回りに起こることは、どこかでつながったり、からまったりしている。
 私がうらやんでしまうエピソードの数々も、「タイミングよく」人格者で尊敬できる両親のもとに、美少女として生まれついたみやびちゃんの人生にしか起こらないのだろう。

 2人ともパフェを食べ終わる頃、一口ずつ交換しようって雅ちゃんが言った。
 メロンの口になっていた私には、ザラメの入ったソースのほろ苦さがいいアクセントになって、それはそれはおいしかったけど、逆にみやびちゃんは「カラメルソースの後のメロン」だったので、「おいしいけど…メロンの甘さがわかんない…」と言っていた。

 これもまた、むなしいタイミングのよさだ。

「ごちそうさまでした。でも…よかったの?」
「え?何が?」
「真中君とアイス食べる予定だったんじゃないの?」
「ううん、別に?それより、久々にいろいろお話できて楽しかった。付き合ってくれてありがとね」
「…そっか」

 みやびちゃんだけが持っている、朗らかで清らかな、人を幸せにするための笑顔。
 これを見て苦い思いをしてしまうのは、きっと自分のせいなんだろう。
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