いばらの塔のエリオット

無垢な王子は身を委ねる

「う……はぁ……」

 正面からこの美しい顔面と向き合う勇気がなくて、メリはまず背後から自分の指先を王子の体に滑らせた。
 初めは肩甲骨のあたりを。次に首筋を。そして腰骨のあたりにおろして、くるくるとゆっくり円を描くようになでた。

「ああっ」

 低く、切ない声が塔の中にこだまする。
 されるがままになりながら、悶え、身を捩らせている王子がとても可愛かった。

「メリ……」

 初めて名前を呼ばれて、びくり、とした。
 自己紹介をした時には反応がなかったのだが。ちゃんと聞いていて、覚えてくれていたのか。

 熱のこもった声で、男性にこんなふうに呼ばれたのはいつぶりだろうかと、メリは頬を染める。

「なんでしょう」

 なるべく平静を装って、呼びかけに応えた。
 今はあくまで仕事中である。

 浅い呼吸を繰り返しながら、眉根を寄せ、上気した頬を隠すこともせず、王子はメリを振り返った。

「君に触れても、構わないだろうか」

 懇願するような声だった。
 メリの理性がグラグラと揺れる。
 しかし、唇を噛み締め、グッと堪えた。

「いけません。私は今、『仕事』をしております」

 そう言ってメリは、王子の右耳に優しく吐息をかけた。

「ああっ……メリ……」

 鼓動が早くなる。メリ自身も王子の乱れた姿を前に、欲情している。
 しかしここでなし崩しに関係を持ってはまずい。この王子がどういう人間かもわからないし、子どもができてしまったりしたらとんでもない。

 メリは必死に自分の欲望に蓋をして、目の前の王子を愉しませることに集中した。
 耳元にぴちゃぴちゃと音を立てながら舌を這わし、今度は抱きしめるようにして背後から彼の胸元に手を回してみる。

 ––––男の人も、ここ、感じるのかな。こういう前戯、あんまりした経験ないんだけど。

 日本にいた時に付き合っていた最後の彼氏は、自分勝手に求める人で。こういう優しいふれあいみたいなものは、あまりなかった。どこかの雑誌で得た知識を思い出しながら、メリは手を動かしてみる。

「メリ……ふ……はあ……なんだか、変な感じがする」

「変な感じとは」

「くすぐったいような……気持ちがいいような……変な感覚だ」

「きっとすぐに良くなります……たぶん」

 指先を彼の胸の頂きに這わせ、思わせぶりに周囲だけを撫で回す。初め気持ちよさよりもくすぐったさが勝っていた王子だったが、散々なぜ回した後で、ぷっくりと可愛らしく膨らんだ蕾を弾けば、反応が変わる。

「あ……ああっ! や……だめだ……メリっ! あっ、あっ、あ」

「気持ちいいんですか」

「聞くな……聞かないでくれ……」

 白く透き通った肌は、今はピンク色に染まっている。肩を震わせ、官能的な表情をしたエリオット王子は、今はメリの瞳を肩越しに見つめている。喘ぎながら、まるで許しを乞うようにうわごとを繰り返す。

 ––––そろそろ、いいかな。

 王子の胸元に置いていた手をするすると湯の中に沈め、泡の下に隠れていた「それ」に手を伸ばす。
 散々メリに弄ばれ、昂ったそれは、限界まで固さを増している。
 形を確かめるように、包み込むように掴むと、か細く、切ない悲鳴をあげながら、彼の体がのけぞった。

 ––––嘘でしょ? もう?

 握られた瞬間、その刺激に耐えられなかったのか。
 肩で大きく息をしながら、ビクビクと体を震わせる彼を見て、メリは密かに唇を歪ませる。

 ––––正直、こちらの体もなかなか辛いですけど。

 しかしあくまでこれは仕事。そう自分に言い聞かせ、メリは王子の身支度を手伝う。
 彼はというと、放心状態で、視線は空を彷徨っている。

「メリ」

「はい」

 下を向き、タオルを洗うことに集中しようとしていたのだが、湯から上がった王子に肩を抱き寄せられた。
 物欲しげな彼の視線とぶつかり、彼が口付けを求めているのを察する。

「いけません」

 形のいい唇が、メリのそれに重ねられようとした刹那、メリは指先でそれを制した。

「どうして」

「私は、使用人です。これは治療の一環のようなものだったと捉えてください。『お熱』が下がられたようで、よかったです。では」

 メリはそれだけ言って王子の手から逃れ、片付けを終えると、すぐさま部屋を後にした。

 自分の部屋に戻った瞬間、メリはドアの前で崩れ落ちるように座り込んだ。自分が王子にしてしまった「イタズラ」の大胆さに、今更恐ろしくなりつつも。拒まれなかったことにホッとし、仮初の男女のやり取りに、心を熱くした。

「すごかった……はあ、もう、あんなに可愛いの、反則でしょ」

 触れられてもいないのに熱を持ってしまった体を自らの手で癒しながら。メリは、明日からの毎日に、新しい楽しみを見出したのだった。
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