いばらの塔のエリオット
龍の加護の伝説
「やあ、調子はどうだい。って、ずいぶん眠そうだねえ」
「こんにちは、マルク先生。すみません、ちょっと寝不足で。定期検診ですか?」
「そうだよ」
昼食の給仕が終わる頃、マルクがやってきて王子の部屋の鍵を借りていった。
検診を終え、鍵を戻しに来たマルクが「少し休んでいってもいいかい」と言うので、メリは湯を沸かし紅茶を淹れている。
「どうぞ」
「ありがとう」
マルクはふう、と息を吐いてカップに口をつけた。よく見れば彼もクマがひどい。疲れ具合で言えば、マルクの方がひどいかもしれない。
「お忙しいんですか」
「ああ、流行風邪が蔓延してね。だが城内はまだいい方だ。城下町の方にも広がっているんだが、あっちは医者も薬も足りていない」
「医者も薬も?」
「薬の材料になる薬草が不足しているんだ。首都から離れたところに群生地があるから、遠征隊を出してもらうよう要望をしているんだけどね。王は北方の国の侵略に躍起になっていて、民のために人手を割くのを躊躇っていらっしゃる。城付きの医師を町に派遣することも、城内の蔓延を鎮火する人手が足りなくなるかもしれないから嫌だと」
ウエーブがかった髪をくしゃくしゃと手で掻き回し、マルクは愚痴った。
「ひどい……」
「ああ、今のは聞かなかったことにしてくれ。うっかり王の耳に入れば首をはねられてしまうからね」
マルクはそう言って、自分の首をはねる仕草をし、下手な笑い顔を作る。
メリは王の姿を思い出し、眉を顰めた。見かけ通り、自分勝手で傍若無人な王のようだ。ふと、マルクの左小指の外側に、不思議な形のアザがあるのが目に入った。
——龍の顔? 何だか刺青みたいにくっきりしたアザだな。
「いやあ、しかし。今日の王子の体調はすこぶるいいねえ。なぜだか肌もツヤツヤしてるし、機嫌もいい」
マルクの言葉を聞き、メリは顔を上げた。
「あ、あら、そうですか」
「君が来たお陰なのかな?」
探るような目つきを向けられ、どきりとする。
「いやいや、まだまだ心を開いていただけなくて、試行錯誤しています」
「そう」
とぼけた笑みを浮かべながら、マルクは紅茶を啜った。
「あの……」
昨夜の王子の身に起こった出来事を聞こうとして、メリは躊躇った。自分が口にしていいものなのだろうか。
「なんだい」
「……気になることがあって」
そこまで言って、また口をつむぐ。すると、マルクはハッとしたような顔をして、メリに問うた。
「もしかして、見たの?」
「え」
––––この人、知ってるんだ。
医師であれば、王子の体の変化について知っているのではないかと踏んで、勇気を出して聞いてみたのだが、やはり。メリは、静かに頷いてみせた。
「君は、逃げなかったんだね」
「他の使用人は逃げたんですね」
「驚きのあまり飛び出して。あるものは階段から落ちて死に、あるものは林を抜ける最中に不審者に襲われ死んだ……ということになっている」
「それはつまり」
マルクは明確には答えなかったが、メリの瞳をじっと見つめ、口角を上げた。
「処刑されたのだ」という意味だと、メリは理解した。
「なぜ、そんな……」
「君は、この国に伝わる龍の伝説を知っているかい」
「いえ」
「そうか、それは、教えておかなければならないね」
マルクが話した伝説は、かいつまんで言えばこういうものだった。
『むかしむかしあるところに、「龍の加護」を受けた王国がありました。
初代の王が土地の龍を手厚く祀り、毎年貢物を捧げたため、その返礼として龍は王に「力」を与えたのです。
その「力」とは、王の2番目の男の子どもに、龍の力を与えることでした。龍の力を与えられた男児は、16歳になると、「白龍に変化する力」を手に入れました。その力は育ち続け、21歳の誕生日を迎える頃に確固たるものとなり、王国の最強の龍騎士となります。
与えられた「力」により強大な武力を手に入れた王は、巨大な王国を築くことができました。
しかしこの「力」を享受し続けるためには条件がありました。龍と王との約束です。
正しく国を導き、龍の土地を豊かな土地に保つこと。それが破られた時には、龍の力は失われ、龍の加護も消失するのです––––』
「この力によって、この王国は領土を広げ続け、豊かな国を保ってきた」
「なぜ、1番目ではなくて、2番目の王子なんでしょう?」
「1番目の王子は、王位継承者だから、龍にはなれないのだと伝わっている。昔から長子が継ぐのがこの国の伝統だからだね」
「そういうことなんですね」
「ただね……まあ、君も王子の姿を見ただろう。そういうことだ」
マルクはため息をつき、両手を揉む。
「エリオット王子は、1ヶ月後、21歳の誕生日を迎える。できるだけ、力になってやってくれ。君に何かできるかは知らないけど」
そろそろ行かないといけないな、と言いながら、マルクは重い腰を上げて部屋を出ていった。
残されたメリは与えられた情報をもとに、頭の中で状況を整理する。
––––つまり、力を受け継いだはずの第2王子が、中途半端にしか力を発現できなくって、幽閉されてるってこと?
今朝見た姿は、とても「龍」とは言えない姿だった。
それはつまり、王と龍との約束が、果たされていないということ。この土地が、適切に統治されていないことを示している。
きっと王は、龍の力が発現しない原因を王子になすりつけ、誰にも王子の姿を見られないように幽閉したのだ。そして龍の力が初めて発現するはずの16歳から、その力が満たされるはずの21歳まで様子を見続けている。この幽閉期間は、王子に与えられた猶予なのだろう。
––––悪いのは、エリオット王子じゃないのに。
21歳の誕生日になっても、彼が龍になれなかったら。きっと王はエリオットを処刑するつもりなのだ。
*
そろそろ掃除に入る時間だ。王子は今朝の痛みを引きずってか、朝食も昼食も、その後の掃除に入った時も、寝ているか半覚醒のような状態だった。かろうじて返事はあるが、非常に無防備な感じでソファーにもたれかかっていて。それがまた彼の色気を引き立たせていた。
彼の卑猥な姿を見てしまってから、どうしても逞しい首筋や胸元に視線がいってしまう。
ドキドキしながら淡々と仕事を終えれば、あっという間に、湯浴みの時間がやってきてしまった。
––––うああ、どうしよう。
まず相手の出方を見ねば。前回のアレをどう受け取られているか、わからない。
支度を終えて、王子を待つ。
やはり頬を染めてはいたが、メリは王子の変化に気がついた。メリから、目を逸らさないのだ。
––––あれ。どんな心境の変化があったのかな。
不思議に思いながらも、王子が服を脱ぐのを待っていると、王子はメリに手招きをしている。
「え、どうされたんですか」
すると王子は恥じらいながらも、メリに向かって言葉を重ねる。
「脱がせるのも、君の仕事だろう」
「えっ、だっていつもは」
「早くしてくれ」
「あ、はい」
慌ててメリが王子のシャツのボタンに両手をかければ、王子はメリの耳もとに––––口付けをした。
「ひゃあっ!」
「仕事を続けろ」
「いやっ、ダメですって」
体が熱くなる。
蓋をした欲望が、体の内から這い出てくる気配がする。
「仕事を続けるんだ、メリ」
それだけ言うと王子は、不器用な舌づかいで、メリの首筋を舐め始めた。
「こんにちは、マルク先生。すみません、ちょっと寝不足で。定期検診ですか?」
「そうだよ」
昼食の給仕が終わる頃、マルクがやってきて王子の部屋の鍵を借りていった。
検診を終え、鍵を戻しに来たマルクが「少し休んでいってもいいかい」と言うので、メリは湯を沸かし紅茶を淹れている。
「どうぞ」
「ありがとう」
マルクはふう、と息を吐いてカップに口をつけた。よく見れば彼もクマがひどい。疲れ具合で言えば、マルクの方がひどいかもしれない。
「お忙しいんですか」
「ああ、流行風邪が蔓延してね。だが城内はまだいい方だ。城下町の方にも広がっているんだが、あっちは医者も薬も足りていない」
「医者も薬も?」
「薬の材料になる薬草が不足しているんだ。首都から離れたところに群生地があるから、遠征隊を出してもらうよう要望をしているんだけどね。王は北方の国の侵略に躍起になっていて、民のために人手を割くのを躊躇っていらっしゃる。城付きの医師を町に派遣することも、城内の蔓延を鎮火する人手が足りなくなるかもしれないから嫌だと」
ウエーブがかった髪をくしゃくしゃと手で掻き回し、マルクは愚痴った。
「ひどい……」
「ああ、今のは聞かなかったことにしてくれ。うっかり王の耳に入れば首をはねられてしまうからね」
マルクはそう言って、自分の首をはねる仕草をし、下手な笑い顔を作る。
メリは王の姿を思い出し、眉を顰めた。見かけ通り、自分勝手で傍若無人な王のようだ。ふと、マルクの左小指の外側に、不思議な形のアザがあるのが目に入った。
——龍の顔? 何だか刺青みたいにくっきりしたアザだな。
「いやあ、しかし。今日の王子の体調はすこぶるいいねえ。なぜだか肌もツヤツヤしてるし、機嫌もいい」
マルクの言葉を聞き、メリは顔を上げた。
「あ、あら、そうですか」
「君が来たお陰なのかな?」
探るような目つきを向けられ、どきりとする。
「いやいや、まだまだ心を開いていただけなくて、試行錯誤しています」
「そう」
とぼけた笑みを浮かべながら、マルクは紅茶を啜った。
「あの……」
昨夜の王子の身に起こった出来事を聞こうとして、メリは躊躇った。自分が口にしていいものなのだろうか。
「なんだい」
「……気になることがあって」
そこまで言って、また口をつむぐ。すると、マルクはハッとしたような顔をして、メリに問うた。
「もしかして、見たの?」
「え」
––––この人、知ってるんだ。
医師であれば、王子の体の変化について知っているのではないかと踏んで、勇気を出して聞いてみたのだが、やはり。メリは、静かに頷いてみせた。
「君は、逃げなかったんだね」
「他の使用人は逃げたんですね」
「驚きのあまり飛び出して。あるものは階段から落ちて死に、あるものは林を抜ける最中に不審者に襲われ死んだ……ということになっている」
「それはつまり」
マルクは明確には答えなかったが、メリの瞳をじっと見つめ、口角を上げた。
「処刑されたのだ」という意味だと、メリは理解した。
「なぜ、そんな……」
「君は、この国に伝わる龍の伝説を知っているかい」
「いえ」
「そうか、それは、教えておかなければならないね」
マルクが話した伝説は、かいつまんで言えばこういうものだった。
『むかしむかしあるところに、「龍の加護」を受けた王国がありました。
初代の王が土地の龍を手厚く祀り、毎年貢物を捧げたため、その返礼として龍は王に「力」を与えたのです。
その「力」とは、王の2番目の男の子どもに、龍の力を与えることでした。龍の力を与えられた男児は、16歳になると、「白龍に変化する力」を手に入れました。その力は育ち続け、21歳の誕生日を迎える頃に確固たるものとなり、王国の最強の龍騎士となります。
与えられた「力」により強大な武力を手に入れた王は、巨大な王国を築くことができました。
しかしこの「力」を享受し続けるためには条件がありました。龍と王との約束です。
正しく国を導き、龍の土地を豊かな土地に保つこと。それが破られた時には、龍の力は失われ、龍の加護も消失するのです––––』
「この力によって、この王国は領土を広げ続け、豊かな国を保ってきた」
「なぜ、1番目ではなくて、2番目の王子なんでしょう?」
「1番目の王子は、王位継承者だから、龍にはなれないのだと伝わっている。昔から長子が継ぐのがこの国の伝統だからだね」
「そういうことなんですね」
「ただね……まあ、君も王子の姿を見ただろう。そういうことだ」
マルクはため息をつき、両手を揉む。
「エリオット王子は、1ヶ月後、21歳の誕生日を迎える。できるだけ、力になってやってくれ。君に何かできるかは知らないけど」
そろそろ行かないといけないな、と言いながら、マルクは重い腰を上げて部屋を出ていった。
残されたメリは与えられた情報をもとに、頭の中で状況を整理する。
––––つまり、力を受け継いだはずの第2王子が、中途半端にしか力を発現できなくって、幽閉されてるってこと?
今朝見た姿は、とても「龍」とは言えない姿だった。
それはつまり、王と龍との約束が、果たされていないということ。この土地が、適切に統治されていないことを示している。
きっと王は、龍の力が発現しない原因を王子になすりつけ、誰にも王子の姿を見られないように幽閉したのだ。そして龍の力が初めて発現するはずの16歳から、その力が満たされるはずの21歳まで様子を見続けている。この幽閉期間は、王子に与えられた猶予なのだろう。
––––悪いのは、エリオット王子じゃないのに。
21歳の誕生日になっても、彼が龍になれなかったら。きっと王はエリオットを処刑するつもりなのだ。
*
そろそろ掃除に入る時間だ。王子は今朝の痛みを引きずってか、朝食も昼食も、その後の掃除に入った時も、寝ているか半覚醒のような状態だった。かろうじて返事はあるが、非常に無防備な感じでソファーにもたれかかっていて。それがまた彼の色気を引き立たせていた。
彼の卑猥な姿を見てしまってから、どうしても逞しい首筋や胸元に視線がいってしまう。
ドキドキしながら淡々と仕事を終えれば、あっという間に、湯浴みの時間がやってきてしまった。
––––うああ、どうしよう。
まず相手の出方を見ねば。前回のアレをどう受け取られているか、わからない。
支度を終えて、王子を待つ。
やはり頬を染めてはいたが、メリは王子の変化に気がついた。メリから、目を逸らさないのだ。
––––あれ。どんな心境の変化があったのかな。
不思議に思いながらも、王子が服を脱ぐのを待っていると、王子はメリに手招きをしている。
「え、どうされたんですか」
すると王子は恥じらいながらも、メリに向かって言葉を重ねる。
「脱がせるのも、君の仕事だろう」
「えっ、だっていつもは」
「早くしてくれ」
「あ、はい」
慌ててメリが王子のシャツのボタンに両手をかければ、王子はメリの耳もとに––––口付けをした。
「ひゃあっ!」
「仕事を続けろ」
「いやっ、ダメですって」
体が熱くなる。
蓋をした欲望が、体の内から這い出てくる気配がする。
「仕事を続けるんだ、メリ」
それだけ言うと王子は、不器用な舌づかいで、メリの首筋を舐め始めた。