いばらの塔のエリオット
通じ合う心
下半身がガクガクする。散々弄ばれた蕾は、天井に向けて反るようにして硬くなっていた。蜜壺からはヌルヌルとした液がとめどなく溢れ、太ももの裏側を伝って、お湯に滴っている。
「メリ」
優しく、色っぽい声でそう呼ばれ、ほう、と息をつく。
残り火が体の中で燻って、もっと彼が欲しいと叫んでいる。
受け入れたくてたまらない。そう本能が訴えていた。
「はい」
「湯がぬるくなってしまっている。……このままでは、君が風邪をひいてしまう」
「はい……」
王子はバスタオルを手に取ると、メリの体を拭いてくれる。
残念だと思いながらも、どこかホッとしている自分がいた。相手は王子。その辺の男と夜を共にしてしまうのとはわけがちがう。
「あ、すみません! 私がやります。王子が体調を崩されたりしたら大変です。私は濡れたままでも。後で拭きますから」
「そういうわけにはいかない。いいんだ、俺がこうしたいんだから」
欲望が満たされれば、途端に冷たくなる男も多い。
なのにこの人は、ただの使用人相手に優しくしてくれる。それが、純粋に嬉しかった。
「ありがとう、ございます」
「しかし困ったな、メリの着替えがない。とりあえず下に降りるのには、俺のシーツを使ってくれ」
「申し訳ありません」
「いいんだ」
深海のような瞳が、名残惜しそうにメリを見つめる。
王子の親指の腹がメリの唇をなぞる。そのまま頬へと手のひらを滑らし、自分の顔をメリの耳元へ近づけると、囁くように彼は言った。
「明日からは、湯浴みの時、君の分のタオルと着替えも持ってくるんだ。いいね」
耳元に微かにかかった息に、体がぞくりとする。
心臓が苦しいほどに疼いた。冷めかけていた体に、再び火が灯る。
それは、つまり。
「あ、はい……」
「俺に、君のことをもっと教えておくれ。君のことを知りたい」
––––どうしよう。毎回こんなことされたら、私、いつか……。
仕事中に魔が差した。そして膨らんだ不埒な心が起こした、王子への卑猥な悪戯。
単なる欲望の処理係として求められる可能性は想定していたのだが。
まさかこんなふうに、熱烈に求められるようになるとは思わなかった。
*
地を這うような呻き声が、いばらの塔に響いた。
まただ。また、王子が苦しんでいる。
メリは飛び起き、ランプと錠を持って階段を駆け登る。
はやる気持ちを抑えながら、第一の扉を開け、第二の扉に手をかけた。
ノックをすると、締め殺されるような声で「メリ」と自分を呼ぶ声が聞こえる。
メリは中へと飛び込んだ。そこにはやはり、白銀の鱗に塗れたエリオット王子の姿があった。
息をするのもつらそうな様子に、メリは彼のすぐそばへと駆け寄る。
そして優しく、王子を抱きしめた。
その刹那、王子は咆哮をあげ、体を蛇のようにうねらせた。バキバキと骨が砕けるような音が耳に響き、あまりの痛みからか王子は悲鳴を吐き続けた。
体のコントロールが効かないようだ。
床に叩きつけるように、蛇のように延びた体を激しく動かした拍子に、メリの体が壁へと跳ね飛ぶ。
「痛っ……!」
本棚に背中を強く打ち付けられたメリは苦痛に顔を歪め、昨日よりも凄まじい変貌の様子に息を呑む。
波打って長くなった体は、もはや人間の形状を保てていない。しかし龍になりきることもできずに、中途半端な変化のままになっている。白銀の鱗はざわめき、全身の肌の上を蠢いている。
はっきり言ってしまえば、目の前にいる王子は、「異形のバケモノ」と言わざるを得ない姿をしていた。
メリの顔から血の気が引いていることに気づいた王子は、濃紺の瞳に絶望の色を浮かべ、静かに涙を流した。
「メリ、見ないでくれ、この醜い俺の姿を。嫌いにならないでくれ……」
宝石のように澄んだ涙が、ポタポタと床に落ちる。
心がちぎれるような、悲しみに満ちた声だった。
「見ないで、俺を、見ないで……」
自分が表情を失っていたことに気づき、メリは下唇を噛んだ。
そして一瞬でも王子を恐ろしいと思い、それを表情に出してしまったことを、心から恥じた。
––––お願い。そんな、悲しい顔をしないで。
メリは立ち上がると、王子の元へ歩いていく。
「見ないで」と繰り返す王子だが、メリが体に腕を回すと、安心したように目を瞑り、嗚咽を漏らした。
「一度、見たじゃないですか。これくらいで、私はあなたの手を離したりしませんよ」
メリは鱗に頬を擦り寄せ、醜くひしゃげた彼の背中を撫でる。
––––私がいない時は、ずっと一人で耐えてたんだよね。この壮絶な痛みに。
「実の母親さえ、醜いと言ったんだ。他人がこの姿を、受け入れてくれるとは思えない。だんだんひどくなっていくんだ。白龍など程遠い。俺は化け物に成り果てていく」
そう泣きながら訴える王子に、メリは微笑みながら答える。
この姿になってしまうせいで、愛されるべき相手からも拒絶されたのか。蛇のような半端な変化、龍から見放されつつある王国の証のために。その証を隠すために父親である王の命令で幽閉され、母親からも突き放された。
「何年かかっても龍になれない俺を見て、一人目の使用人は逃げ出した。21歳になっても龍になれなかった時、俺と共に処刑されるのを恐れたのだ。二人目の使用人は、一目この姿を見て『バケモノだ』と言って逃げ出した。怯えるのも無理はない、俺のこの姿は、崩れゆく王国の象徴なのだから」
今彼は、自分の姿の恐ろしさを前に、メリも離れてしまうのではないかと怯えている。
「どんな姿になろうとも、王子は王子じゃないですか。私は気にしません」
メリは、鱗に覆われた王子の頬に口付けをする。安心させてあげたかった。この姿を恐ろしいとは思っていないということを、できるだけ伝えてあげたくて。
あまりに色々ありすぎたし、突然こんなことになっているのもあって、今の自分の王子に対する感情が、どんなものなのか自分でもわからなかったが。
––––強いて言えば保護欲と、色欲なのかしら。
愛しむように、癒すように。蠢く白銀の鱗を撫で続ける。
断続的にやってくる痛みに耐えながら、もがいてもがいて。王子は、いつの間にか元の姿に戻り眠りについた。その寝姿は、まるで天使の如く美しく、神々しかった。
メリは泥のようにねむる王子をやっとのことでベッドへ引きずっていく。
王子の穏やかな寝息を確かめたあと、メリもそのまま、力尽きたのだった。
「メリ」
優しく、色っぽい声でそう呼ばれ、ほう、と息をつく。
残り火が体の中で燻って、もっと彼が欲しいと叫んでいる。
受け入れたくてたまらない。そう本能が訴えていた。
「はい」
「湯がぬるくなってしまっている。……このままでは、君が風邪をひいてしまう」
「はい……」
王子はバスタオルを手に取ると、メリの体を拭いてくれる。
残念だと思いながらも、どこかホッとしている自分がいた。相手は王子。その辺の男と夜を共にしてしまうのとはわけがちがう。
「あ、すみません! 私がやります。王子が体調を崩されたりしたら大変です。私は濡れたままでも。後で拭きますから」
「そういうわけにはいかない。いいんだ、俺がこうしたいんだから」
欲望が満たされれば、途端に冷たくなる男も多い。
なのにこの人は、ただの使用人相手に優しくしてくれる。それが、純粋に嬉しかった。
「ありがとう、ございます」
「しかし困ったな、メリの着替えがない。とりあえず下に降りるのには、俺のシーツを使ってくれ」
「申し訳ありません」
「いいんだ」
深海のような瞳が、名残惜しそうにメリを見つめる。
王子の親指の腹がメリの唇をなぞる。そのまま頬へと手のひらを滑らし、自分の顔をメリの耳元へ近づけると、囁くように彼は言った。
「明日からは、湯浴みの時、君の分のタオルと着替えも持ってくるんだ。いいね」
耳元に微かにかかった息に、体がぞくりとする。
心臓が苦しいほどに疼いた。冷めかけていた体に、再び火が灯る。
それは、つまり。
「あ、はい……」
「俺に、君のことをもっと教えておくれ。君のことを知りたい」
––––どうしよう。毎回こんなことされたら、私、いつか……。
仕事中に魔が差した。そして膨らんだ不埒な心が起こした、王子への卑猥な悪戯。
単なる欲望の処理係として求められる可能性は想定していたのだが。
まさかこんなふうに、熱烈に求められるようになるとは思わなかった。
*
地を這うような呻き声が、いばらの塔に響いた。
まただ。また、王子が苦しんでいる。
メリは飛び起き、ランプと錠を持って階段を駆け登る。
はやる気持ちを抑えながら、第一の扉を開け、第二の扉に手をかけた。
ノックをすると、締め殺されるような声で「メリ」と自分を呼ぶ声が聞こえる。
メリは中へと飛び込んだ。そこにはやはり、白銀の鱗に塗れたエリオット王子の姿があった。
息をするのもつらそうな様子に、メリは彼のすぐそばへと駆け寄る。
そして優しく、王子を抱きしめた。
その刹那、王子は咆哮をあげ、体を蛇のようにうねらせた。バキバキと骨が砕けるような音が耳に響き、あまりの痛みからか王子は悲鳴を吐き続けた。
体のコントロールが効かないようだ。
床に叩きつけるように、蛇のように延びた体を激しく動かした拍子に、メリの体が壁へと跳ね飛ぶ。
「痛っ……!」
本棚に背中を強く打ち付けられたメリは苦痛に顔を歪め、昨日よりも凄まじい変貌の様子に息を呑む。
波打って長くなった体は、もはや人間の形状を保てていない。しかし龍になりきることもできずに、中途半端な変化のままになっている。白銀の鱗はざわめき、全身の肌の上を蠢いている。
はっきり言ってしまえば、目の前にいる王子は、「異形のバケモノ」と言わざるを得ない姿をしていた。
メリの顔から血の気が引いていることに気づいた王子は、濃紺の瞳に絶望の色を浮かべ、静かに涙を流した。
「メリ、見ないでくれ、この醜い俺の姿を。嫌いにならないでくれ……」
宝石のように澄んだ涙が、ポタポタと床に落ちる。
心がちぎれるような、悲しみに満ちた声だった。
「見ないで、俺を、見ないで……」
自分が表情を失っていたことに気づき、メリは下唇を噛んだ。
そして一瞬でも王子を恐ろしいと思い、それを表情に出してしまったことを、心から恥じた。
––––お願い。そんな、悲しい顔をしないで。
メリは立ち上がると、王子の元へ歩いていく。
「見ないで」と繰り返す王子だが、メリが体に腕を回すと、安心したように目を瞑り、嗚咽を漏らした。
「一度、見たじゃないですか。これくらいで、私はあなたの手を離したりしませんよ」
メリは鱗に頬を擦り寄せ、醜くひしゃげた彼の背中を撫でる。
––––私がいない時は、ずっと一人で耐えてたんだよね。この壮絶な痛みに。
「実の母親さえ、醜いと言ったんだ。他人がこの姿を、受け入れてくれるとは思えない。だんだんひどくなっていくんだ。白龍など程遠い。俺は化け物に成り果てていく」
そう泣きながら訴える王子に、メリは微笑みながら答える。
この姿になってしまうせいで、愛されるべき相手からも拒絶されたのか。蛇のような半端な変化、龍から見放されつつある王国の証のために。その証を隠すために父親である王の命令で幽閉され、母親からも突き放された。
「何年かかっても龍になれない俺を見て、一人目の使用人は逃げ出した。21歳になっても龍になれなかった時、俺と共に処刑されるのを恐れたのだ。二人目の使用人は、一目この姿を見て『バケモノだ』と言って逃げ出した。怯えるのも無理はない、俺のこの姿は、崩れゆく王国の象徴なのだから」
今彼は、自分の姿の恐ろしさを前に、メリも離れてしまうのではないかと怯えている。
「どんな姿になろうとも、王子は王子じゃないですか。私は気にしません」
メリは、鱗に覆われた王子の頬に口付けをする。安心させてあげたかった。この姿を恐ろしいとは思っていないということを、できるだけ伝えてあげたくて。
あまりに色々ありすぎたし、突然こんなことになっているのもあって、今の自分の王子に対する感情が、どんなものなのか自分でもわからなかったが。
––––強いて言えば保護欲と、色欲なのかしら。
愛しむように、癒すように。蠢く白銀の鱗を撫で続ける。
断続的にやってくる痛みに耐えながら、もがいてもがいて。王子は、いつの間にか元の姿に戻り眠りについた。その寝姿は、まるで天使の如く美しく、神々しかった。
メリは泥のようにねむる王子をやっとのことでベッドへ引きずっていく。
王子の穏やかな寝息を確かめたあと、メリもそのまま、力尽きたのだった。