星降る記憶の迷宮 ~認知症が開く世界の扉/祖母と孫娘の奇跡の冒険~

11. 碧眼の脅威

 朝日が窓から差し込み、私の頬をそっと撫でる。まだ夢の中にいるような心地よさに浸っていると、

「美咲ちゃん! いつまで寝てるの?」

 突然、懐かしい声が耳に飛び込んできた。

 え……?

 目を開けると、祖母がエプロン姿でドアを開け、厳しくも愛情のこもった目で自分を見つめている。

「あ、あれ……? お、おばあちゃん……?」

 私は目を擦りながら、夢の中ではないかと疑った。

「今日も店開くんでしょ? 開店準備しないと」

 祖母の瞳は鋭く、かつての気迫がこもっていた。その姿は、長い間見ることができなかった、あの頃の祖母そのものだった。

「お、おばあちゃん!」

 思わず跳び起きて祖母の手をギュッと握る。その感触は温かく、確かな現実味があった。

「げ、元気になったんだね」

 思わず涙がこみあげてくる。長い認知症との闘いの日々、祈るような思いで夢を追い続け、そして世界樹での命懸けの冒険。全てが報われた瞬間だった。

「何言ってるの? あたしゃずっと元気だよ! ただ、なんかちょっと記憶が定かでない所もあって……歳だからしょうがないね。早く朝ごはん食べちゃって! 片付かないと困るよ!」

 それは認知症になる前の祖母そのものだった。少し記憶があいまいなのは仕方ないだろう。でも、それ以外は完璧に元の祖母だ。

「うん!」

 私は嬉しさで声が裏返ってしまった。

「美咲ちゃんの好きなだし巻き卵作っといたからね」

 祖母の言葉に、子供時代の思い出が蘇る。学校に行く前に、毎朝祖母の作ってくれただし巻き卵を食べるのが日課だったのだ。認知症になってからはもうずっと食べていない。その朝が、その味が、そして何より祖母の優しさ、全てが戻ってきたのだ。

「やったぁ! おばあちゃん大好き!」

 長い冒険の果てに勝ち得た温かな家庭。嬉しくて涙がポロポロこぼれてきてしまった。祖母は少し困惑した表情を浮かべながらも、優しく私の頭を撫でてくれる。

 今まで逃げてばかりだった人生で初めてアグレッシブな達成感を感じられた。そう、人生とはどのリスクをとるか? の繰り返しなのだ。リスクを取らないこと、それには達成感などない。ただ、じり貧を繰り返すばかりになってしまう。

 今回の冒険でそのことが初めて分かった。もう誰かに守られる様な生き方を卒業し、自分がこの人生の先頭を切り開いていくのだ。

 朝日に照らされたリビングで、私は祖母と共に新たな一日を始める。これからの人生は、きっと輝かしいものになるはずだ。そう信じて疑わなかった。


        ◇


 雑貨屋の扉の上のベルが優しい音を立てた。顔を上げると、青いショートカットの若い女性が店内に入ってきた。シルバーの近未来的なジャケットを羽織るその姿は、まるで異世界から迷い込んできたかのような神秘的な雰囲気を醸し出している。

 カウンターでお茶をすすっていた祖母は、彼女を見るなりビクッとして顔面蒼白になった。その反応に、私は思わず眉をひそめる。

「おばあちゃん……どうしたの?」

「に、逃げなきゃ!」

 祖母の声が震えている。

「えっ? 彼女は誰なんですか?」

 その尋常じゃない様子に、小声で尋ねた。

「わからん、じゃが逃げんと!」

 そう言うと祖母は、まるで鬼に追われるかのように裏口から慌てて逃げ出してしまった。認知症が治ってからというもの、こんな様子は初めてだった。

「誰だかわからないのになぜ逃げるのよ……?」

 苦笑しながらも、不安が脳裏をかすめる。確かにそのお客はこんな田舎町には似つかわしくない洗練された雰囲気を醸し出していた。

 だが、お店を放り出すわけにもいかない。深呼吸をして、キュッと口を結ぶとその不思議な女性を見つめた。

 彼女は静かに棚を眺め、青いグラスのコーナーで足を止めた。興味深そうにその無数の泡の浮かぶ青いグラスをのぞきこむ――――。

「い、いらっしゃいませ」

 声が少し裏返ってしまう。

 女性はゆっくりと振り返った。その瞳は、まるで宇宙の深淵を映しているかのような碧眼で、思わず息を呑んでしまった。

「このグラス、素敵だわ……」

 彼女は青いグラスを手に取り、明かりに透かしてじっと見つめる。

 不思議な緊張感が店の中に広がっていく。

「は、はい、そのグラスは一押しなんです……」

 気圧されながらも、店員としての務めを果たそうとする。

 突然、彼女の表情が一変した。

「あなた……私のかわいいガーディアンを壊してくれたみたいね?」

 邪悪な笑みを浮かべ、鋭い瞳で私を射抜く。ドクンと心臓が高鳴り、思わず後ずさりしてしまう。

 『ガーディアン』……その言葉に、世界樹での体験が蘇る。彼女は、あの世界の関係者だったのだ。祖母が逃げた理由が分かった。祖母は本能的に【システム】の関係者の匂いをかぎ取っていたのだ。

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