星降る記憶の迷宮 ~認知症が開く世界の扉/祖母と孫娘の奇跡の冒険~
5. 荒唐無稽なAIの回答
朝日が静かな部屋に差し込み、目を覚ました。
「うーん……起きなきゃ……」
大きく伸びをすると疲れた体を引きずるように起き上がった。前日は失踪事件の後始末で夜遅くまで警察とやり取りをし、頭がぼんやりしている。しかし、祖母の顔を見たいという思いが、その疲労を押し流した。もしかしたらあの少女の格好した聡明な祖母が戻ってきているかもしれないのだ。
祖母の部屋のドアをそっと開ける。祖母はいつものように窓際の椅子に座っていた。
「おはよう、おばあちゃん……」
優しく声をかけてみる。元気な祖母に戻っていて欲しい。高鳴る心臓の音を聞きながらじっと返事を待った。
祖母はゆっくりと振り返り、美咲を見つめた。その目は空虚で、美咲の存在を認識しているのかも定かではない。
「あら……誰かしら?」
祖母の声は不確かで、震えている。
「ま、孫の美咲よ、おばあちゃん……」
胸が締め付けられる思いがした。むしろ悪化してしまっている……。
つい昨日、神社で出会った少女姿の祖母の魂はあんなにも聡明だったのに。どうすればその魂をこの身体とリンクさせることができるのだろうか。
キュッと唇を噛んで大きくため息をつき、ガックリとうなだれた。
◇
その日、仕事の合間にパソコンを叩き、必死で調べ物をした。脳科学、心理学、さらには量子物理学の解説まで読み漁った。しかし、決定的な答えは見つからない。
魂というのは現代科学でもまだ解き明かされておらず、確信をもって書かれているものはみなスピリチュアルなオカルトであった。さすがにオカルトに頼るのは何かが違うと頭を抱えてしまう。
その時、紗枝ちゃんが最近AIを便利に使っているという話を思い出した。
『最近はもっぱらAIね。AIはなんでも答えてくれるのよー。まぁ、しれっと嘘をつくことも多いけどね。ハハハ』
そう笑っていた紗枝ちゃん。気を取り直してAIの使い方を調べ、無料のチャット画面を開いた。
『祖母が認知症で、魂が別のところに漂っています。魂と身体を再び結びつけることは可能でしょうか?』
ポチポチと質問を打ち込むとすぐに回答が返ってくる。それは冷静で論理的だった。
『科学的には、魂という概念自体が証明されていません。身体と意識の関係については様々な理論がありますが、それらを再結合させるという考えは、現在の科学では説明できません』
「お馬鹿ーー! 何なのコイツ!」
当たり前のことを当たり前に答えてくる。そんなの分かり切っているのだ。その上で聞いているというのにAIはその辺のことを汲んでくれない。
『私は実体を持たない魂と話し、魂も身体への戻り方に苦労していました。これは実体験です』
『それはあなたが幻覚を見ていたということで説明がつきます』
AIは容赦なかった。
「くぅぅぅぅ!」
奥歯がギリッときしんだ。確かに非科学的な事を聞いている自覚はある。だが、あの祖母の魂は確かに存在していたし、そのおかげで陽菜ちゃんも救出できている。だから幻覚などでは決してないのだ。
大きく深呼吸をして気を落ち着かせると、冷静にパソコンに打ち込む。
『もし可能性があるとしたら、何が考えられますか?』
AIはしばらくクルクルとアイコンを回し、少し躊躇したように見えた後、回答した。
『純粋に思考実験として考えるなら、一つの可能性として【シミュレーション仮説】が挙げられます。これは、我々の現実が、高度に発達した文明によってコンピューターシミュレーションされたものだという仮説です。これであれば魂も肉体もすべてデジタルデータですから分離も再結合も技術の話に落とせます』
その答えに思わず息を呑んだ。なんという荒唐無稽な壮大な話だろう。この世界全てが3Dゲームのようにコンピューター上で作られているというのだ。あまりにも突拍子もない回答に思わず宙を仰ぎ、しばらく言葉を失った。
しかし――――。
祖母の幻視も、自分ですら見えた朽ちた鳥居も、デジタル世界のほころびであれば確かに説明できてしまう。下手なオカルトより納得のいくストーリーだった。
AIは続けた。
『しかし、これはあくまで哲学的な思考実験であり、科学的根拠はありません。これを実現するにはスーパーコンピューターの一兆倍の演算能力が必要で、開発時間は六十万年を超えます。おとぎ話と言わざるを得ません。現実世界の問題解決に適用するのは適切ではありません』
しかし、もう自分の心には火がついていた。それが自分にとって、唯一の説明がつく解なのだから。六十万年かかると言われても、宇宙の歴史は百三十億年、六十万年前に誰かがそんなバカげたことをやっていてもおかしくないのだ。
「これよ!」
ひざをパンと叩いた。この世界がシミュレーションなら、祖母の魂と身体の分離も、そのバグとして説明がつく。そして、そのバグを修正する方法があるかもしれない。
初めて祖母の問題を解決できるかもしれない糸口が見えたのだ。思わず深夜にグッとガッツポーズをしてしまった。
「うーん……起きなきゃ……」
大きく伸びをすると疲れた体を引きずるように起き上がった。前日は失踪事件の後始末で夜遅くまで警察とやり取りをし、頭がぼんやりしている。しかし、祖母の顔を見たいという思いが、その疲労を押し流した。もしかしたらあの少女の格好した聡明な祖母が戻ってきているかもしれないのだ。
祖母の部屋のドアをそっと開ける。祖母はいつものように窓際の椅子に座っていた。
「おはよう、おばあちゃん……」
優しく声をかけてみる。元気な祖母に戻っていて欲しい。高鳴る心臓の音を聞きながらじっと返事を待った。
祖母はゆっくりと振り返り、美咲を見つめた。その目は空虚で、美咲の存在を認識しているのかも定かではない。
「あら……誰かしら?」
祖母の声は不確かで、震えている。
「ま、孫の美咲よ、おばあちゃん……」
胸が締め付けられる思いがした。むしろ悪化してしまっている……。
つい昨日、神社で出会った少女姿の祖母の魂はあんなにも聡明だったのに。どうすればその魂をこの身体とリンクさせることができるのだろうか。
キュッと唇を噛んで大きくため息をつき、ガックリとうなだれた。
◇
その日、仕事の合間にパソコンを叩き、必死で調べ物をした。脳科学、心理学、さらには量子物理学の解説まで読み漁った。しかし、決定的な答えは見つからない。
魂というのは現代科学でもまだ解き明かされておらず、確信をもって書かれているものはみなスピリチュアルなオカルトであった。さすがにオカルトに頼るのは何かが違うと頭を抱えてしまう。
その時、紗枝ちゃんが最近AIを便利に使っているという話を思い出した。
『最近はもっぱらAIね。AIはなんでも答えてくれるのよー。まぁ、しれっと嘘をつくことも多いけどね。ハハハ』
そう笑っていた紗枝ちゃん。気を取り直してAIの使い方を調べ、無料のチャット画面を開いた。
『祖母が認知症で、魂が別のところに漂っています。魂と身体を再び結びつけることは可能でしょうか?』
ポチポチと質問を打ち込むとすぐに回答が返ってくる。それは冷静で論理的だった。
『科学的には、魂という概念自体が証明されていません。身体と意識の関係については様々な理論がありますが、それらを再結合させるという考えは、現在の科学では説明できません』
「お馬鹿ーー! 何なのコイツ!」
当たり前のことを当たり前に答えてくる。そんなの分かり切っているのだ。その上で聞いているというのにAIはその辺のことを汲んでくれない。
『私は実体を持たない魂と話し、魂も身体への戻り方に苦労していました。これは実体験です』
『それはあなたが幻覚を見ていたということで説明がつきます』
AIは容赦なかった。
「くぅぅぅぅ!」
奥歯がギリッときしんだ。確かに非科学的な事を聞いている自覚はある。だが、あの祖母の魂は確かに存在していたし、そのおかげで陽菜ちゃんも救出できている。だから幻覚などでは決してないのだ。
大きく深呼吸をして気を落ち着かせると、冷静にパソコンに打ち込む。
『もし可能性があるとしたら、何が考えられますか?』
AIはしばらくクルクルとアイコンを回し、少し躊躇したように見えた後、回答した。
『純粋に思考実験として考えるなら、一つの可能性として【シミュレーション仮説】が挙げられます。これは、我々の現実が、高度に発達した文明によってコンピューターシミュレーションされたものだという仮説です。これであれば魂も肉体もすべてデジタルデータですから分離も再結合も技術の話に落とせます』
その答えに思わず息を呑んだ。なんという荒唐無稽な壮大な話だろう。この世界全てが3Dゲームのようにコンピューター上で作られているというのだ。あまりにも突拍子もない回答に思わず宙を仰ぎ、しばらく言葉を失った。
しかし――――。
祖母の幻視も、自分ですら見えた朽ちた鳥居も、デジタル世界のほころびであれば確かに説明できてしまう。下手なオカルトより納得のいくストーリーだった。
AIは続けた。
『しかし、これはあくまで哲学的な思考実験であり、科学的根拠はありません。これを実現するにはスーパーコンピューターの一兆倍の演算能力が必要で、開発時間は六十万年を超えます。おとぎ話と言わざるを得ません。現実世界の問題解決に適用するのは適切ではありません』
しかし、もう自分の心には火がついていた。それが自分にとって、唯一の説明がつく解なのだから。六十万年かかると言われても、宇宙の歴史は百三十億年、六十万年前に誰かがそんなバカげたことをやっていてもおかしくないのだ。
「これよ!」
ひざをパンと叩いた。この世界がシミュレーションなら、祖母の魂と身体の分離も、そのバグとして説明がつく。そして、そのバグを修正する方法があるかもしれない。
初めて祖母の問題を解決できるかもしれない糸口が見えたのだ。思わず深夜にグッとガッツポーズをしてしまった。