星降る記憶の迷宮 ~認知症が開く世界の扉/祖母と孫娘の奇跡の冒険~

8. 傷ついた青き蝶

 クリスタルの木々の間をピョンピョンと元気に飛び跳ね、世界樹の方へと進んでいくカエル。

 元気に跳ねるカエルを見失わないように、森の中を頑張って追いかけていった。

 クリスタルからフワフワと立ち上る黄金の光の微粒子は森を幻想的に彩っていて、まるでおとぎ話の中に迷い込んだような不思議な感覚に陥る。

「何とも不思議なところだわ……」

 瞑想しただけでなぜこんなところへこれたのかよく分からないが、これが世界の本質ということなのだろう。

 やがてクリスタルの森を抜け、突然視界が開けた――――。

 そこには、無数の黄金の蝶が舞う幻想的な空間が広がっていた。

 うわぁ……。

 世界樹の根元の広場に飛び交う無数の蝶。その数は数十億匹にのぼるのではないだろうか?

 キラキラと煌めく鱗粉(りんぷん)を振りまきながら、群れになって跳んだり、お互いを回りあったり、伸び伸びと楽しそうに飛んでいる。

「すごぉい……」

 一面に展開される蝶たちの壮大なダンスに圧倒されてしまう。

 その間にもカエルはピョコピョコと蝶たちの飛ぶ下を進んでいく。

「あ! 待って待って!!」

 慌てて身をかがめ、蝶を避けながらカエルを追っていった。

 きっとこの蝶が祖母の認知症ともつながる重要なカギに違いない。

 黄金の鱗粉がフワフワ舞う中をドキドキしながら必死にカエルを追って行った。


        ◇


 しばらく行くとカエルは止まり、一羽の傷ついた青い蝶の隣でこちらを見上げる。

 え……?

 他の蝶とは異なり、金色の鱗粉がはげ落ちたその蝶は、折れて傷ついた青い地の色の羽根を必死に動かし、苦しそうに羽ばたこうとしていた。

「おばあちゃん!」

 直感的にそれが祖母の魂だと悟る。慎重に手を伸ばし、優しく青い蝶を掬い上げる。蝶は美咲の手の中で、ゆっくりと羽を広げた。

 突然、蝶から柔らかな光が溢れ出し、美咲の目の前に少女の祖母の姿が浮かび上がる。それは、聡明で優しい眼差しの祖母だった。

「み、美咲ちゃん、よく来てくれたね……」

 祖母の声に、美咲は涙を堪えきれなかった。

「おばあちゃん、どうすれば……」

 祖母は静かに世界樹を指さした。

「あの樹の中に……、答えがあるわ……。うぅっ……」

 そう言うとふっと姿が消えてしまった。

「お、おばあちゃん!?」

 見れば蝶はぐったりと倒れている。もはや残された時間は長くはなさそうだった。

「あぁぁぁ……急がなきゃ!」

 祖母の魂である青い蝶を胸に抱きしめながら、世界樹を見上げてみる。さっきよりもはるかに大きく見える世界樹はまるで世界そのものを飲み込んでしまいそうな圧倒的な威容を誇っている。

「おぉぉぉ……」

 あまりに大きすぎて距離感も分からない位だったが、行くしかなかった。

「ケロケロッ!」

 カエルはすぐさま世界樹へ向かってピョンピョンと跳んでいく。

「ま、待って!」

 舞飛ぶ無数の蝶を手で優しく払いながら、中腰でカエルを追いかける。

 この世界を生み出している根源である世界樹。そこへ行けばきっと祖母の認知症を治す方法も分かるだろう。

 現実世界での再会を夢見ながら、必死に黄金の蝶が舞飛ぶ中を世界樹目指して進んでいった。


     ◇


 蝶の舞い飛ぶエリアを抜け、いよいよ世界樹の根元が見えてくる。それはまるでヨセミテの壮大な断崖絶壁のようにどこまでも続く巨大な壁となって立ちふさがっていた。

「こ、これが……世界樹……?」

 思わず息が止まるほどの衝撃を受ける。その幹は都市全体を呑み込むほどの太さで、頂は雲を突き抜け、まるで天空の果てまで伸びているかのよう。光り輝くクリスタルの樹皮の中には、無数の光の筋が脈動しており、ものすごいエネルギーを感じる。

 ふはぁ……。

 その桁違いの存在感に圧倒されて首を振った。

 カエルはそんな美咲など気にもせずに、さらに世界樹を目指して跳び続ける。

 カエルの向かう先を見るとクリスタルの樹皮に隙間が開き、中から青い光が漏れ出していた。そこだけ(ほら)が開いているようだ。

 あの青い光の中に治療できるところがある――――。

 早く元気な祖母に会いたい。胸に青い蝶を抱きかかえながら、はやる気持ちに足が早まった。

 その時だった――――。

 突然、何かが上から落ちてきて金属的な轟音が響き渡る。

 土煙の中に赤い目が二つギラリと光るのが見えた。

 ひっ!

 煙が晴れゆく中、青い光を背に佇む異形のアンドロイドが姿を現した。翼を広げたその人型の機械生命体は、金属とクリスタルの調和が生み出す美と恐怖を纏い、明らかに敵意を表している。

 天使――――。

 そう感じてしまうほどにその存在は神秘的な輝きを放っていた。

 琥珀色に輝くヴァイザーの奥で瞬く真紅の光は、人智を超えた意識の存在を感じさせる。漆黒の甲冑を縫うように走る光ファイバーは、まるで血管のように凄まじい生命エネルギーを伝えているように見えた。

「マズい……ガーディアンじゃ……」

 蝶がブルっと震え、祖母の緊迫した声が聞こえる。

「ガ、ガーディアン……?」

 祖母の緊張が伝わってくる。相当にまずい状態らしい。

 ピロピロッ!

 電子音が響き、両こぶしから青く輝く光の刃をボウッと射出したガーディアンは、ギロッとその真紅の瞳を輝かせ、美咲をにらみつけた。

 どうやらガーディアンは美咲を侵入者と認識し、排除するつもりのようである。

 ガクガクと足が震えてしまう。

 あんな戦闘アンドロイドに生身の自分が(かな)うわけがない。

 ヴンヴンとガーディアンは青く輝く光の刃をものすごい速さで振り回しながら、スタスタと近づいてくる。

「ケロケロッ!」

 カエルは全身に力を込めるとグググっとその身体を膨らましていく。

 まるで風船が膨らむようにあっという間に自動車くらいの大きさになったカエルは、毅然とガーディアンをにらみつけた。

「ケロケロッ!!」

 その直後だった――――。

 ガーディアンは目にも止まらぬ速さでカエルに突っ込んでいくと、容赦なく光の刃でカエルを切り刻んでいった。
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