くじらの子守唄
1話
○くじらやくらげ、小魚などが泳いでいる大海の背景。
――今日も私達は、ネットの海を泳ぐ。
○高校。昼休みの教室。2-C。
よく晴れた平日の夏。
主人公、調辺久白は自分の席でお昼のお弁当を食べていた。
(調辺久白:亜麻色セミロング。丸眼鏡に泣き黒子。小柄)
十和子「ねえ~久白! 見てみてぇ~っ」
久白の前に座っていた友人の天津十和子が、スマホの画面を久白に見せる。
(天津十和子:色白黒髪清楚系。スレンダー)
十和子「私の【踊ってみた】投稿が、とうとう五千再生超えたの!」
久白「!?」
【某投稿サイト。○○を踊ってみた。白いロリータ服を着てポーズを決めている十和子。再生数が五千を超えている】
久白「え、すご…すごいよ十和ちゃん! 良かったね!」
十和子「地道に増えた~! まだ一万行かないけど、これ狙えるんじゃない!?」
久白「いけるいける! 狙えるって! わあおめでとう~!」
きゃっきゃ盛り上がりながらスマホを覗き込む二人。
久白「ほんとにすごい…! 十和ちゃんSNSで宣伝とかも頑張ってたし、可愛いし。ダンス上手だし。これからもっと再生数伸びるよ…!」
十和子「頂戴頂戴もっと頂戴!」
久白「ダンスのキレがすごい! 可愛い! 何回でも見たい!」
十和子「それほどでも~っ!」
褒められて鼻が高いと仁王立ちする十和子。それほどでもっと言いながら、鼻高々。
久白「それと比べて私の動画は…!」
羨ましい…! と噛み締めながら自分の動画の再生数を確認する久白。鼻高々だった十和子はそれに気付いて頭をかいている。
久白の携帯の画面。【○○を歌ってみた。うP主「ねんねんころり」再生数121】
――生まれたときから当たり前のように普及している、とても身近なネット社会。
――誰でも簡単に参加できて、簡単にたくさんの人たちと繋がれるSNS。世界中の人たちが利用するネットには、たくさんの動画が溢れている。
――だからこそ、自分の動画を沢山の人に見て貰うのは、中々に大変だ。
久白と十和子は二人で画面を覗き込みながら唸る。
久白「サムネとか、題名がわかりにくいのかな。それとも動画の画質? 音質が悪い…?」
十和子「歌はいい感じなのにね。というか評価以前に、見てくれている人が少ない」
久白「それ」
十和子「動画もフリー素材の一枚絵だし。思い切って顔出ししてみれば?」
久白「顔出しは! 顔出しだけはヤダ!!」
十和子「ええ~? 久白は眼鏡を外せば身長のわりにセクシー系だし、化粧で整えれば人気出ると思うけどな」
騒ぐ久白から眼鏡を奪い、顔を確認する十和子。丸眼鏡をとると垂れ目に泣き黒子で耽美系になる久白。
見えない…と不満を言いながら眼鏡を奪い返す。
久白「眼鏡を取ったくらいでそんなに変わらないよ。それに顔出しはさすがに怖いしやりたくない」
十和子「歌声配信してるのになんか言ってる」
久白「歌と顔だと羞恥心と危機感が違うの!」
十和子「えー? 私は歌を配信する方が恥ずかしいけどな」
久白(そりゃ恥ずかしいけど、歌にはちょっと自信があるし…自信のない顔をさらすよりはマシって言うか…)
――幼い頃から身近なネット環境。
――携帯一つで動画が撮れて、簡単に世界に配信できる技術力。簡単にできることだから動画配信の垣根は低くて、当たり前にできることだから誰もが自己アピールに動画配信をしている。
――簡単にできるけど、自分そのものをネットに放流するのは個人情報だと思えば怖い。
――怖いけど、それでもこの広いネットの海で、不特定多数の人に認めて貰いたいなんて欲もあって…。
久白(十和ちゃんにつられて、歌ってみたに手を出したわけだけど)
――歌ってみたは歌唱力が認められればメジャーデビューの可能性もある。有名どころも何人かここから飛び出して大海を華麗に泳いでいる。(あの人とか、この人とか…)
久白「せめて四桁になって欲しい…」
久白(再生数…)
十和子「もっと宣伝頑張るしかないね。私の踊ってみたとコラボする? BGMで」
久白「友達にたかるみたいだからヤダ…」
十和子「ん~可愛い奴め」
嬉しそうな十和子に頭を撫でられる。撫でられながら、難しい顔をする久白。
久白(宣伝かぁ。十和ちゃんみたいな積極性が足りないのかなー…でも自分の動画を宣伝するのって勇気がいるし…動画のコメントで酷評されるより、SNSで酷評される方が怖い…)
SNSアカウントで宣伝して万が一炎上したら怖いと考える久白。
顔出しは怖いけど、歌なら平気。宣伝したけど、直接メッセージで酷評されたら怖い…。
一人青ざめる久白の前で、鼻歌交じりに爆弾おにぎりを食べる十和子。
久白(十和ちゃんは行動力があるから、SNSで宣伝とか積極的にしていろんな人の目に触れるよう頑張っているもんな…動画のクオリティだけじゃなくて、私ってばそういうのも足りてないんだろうな…)
投稿したものの自信がなく、しょんぼり指先を弄る久白。そのとき、食事しながら携帯を弄っていた十和子が何かに気付く。
十和子「あ、【プランクトン】さんが新作あげてる」
久白「えっまじ!?」
十和子「まじまじ。ほら」
スマホの画面に【新曲【夏休み花火】作詞作曲【プランクトン】】の文字。
久白「きゃーっ! 再生再生!」
十和子「イヤホン忘れたから貸してーっ」
わっと歓声を上げ、二人でイヤホンを共有し聞き入る。どちらも目をつむりながら、久白は下を向き十和子は上を向き聞き入っている。
久白(イントロからしてすでに炭酸水みたいな爽やかさ…夏休みを満喫する学生の、開放的な気分と花火の華やかさ…花火の終わりと夏休みの終わりを繋げて、ちょっとだけ切なさを入れながらそれでも君との明日が楽しみだね…なんて…っ)
久白「爽やか!」
十和子「やばい、現役高校生なのに曲に青春で負けた。爽やかすぎっ」
久白「さすが【プランクトン】さん! 弾ける青春の爽やかさと切なさがいい塩梅です!」
十和子「ミリオン突破の実力者は違うわー!」
久白「ああ! じっくり繰り返して聞きたいのに…時間がない…!」
わっと感想を叫ぶ久白と十和子。二人とも大興奮。大興奮で語り合うが、久白が昼休憩終了時間に気付いて嘆く。予鈴が鳴る三分前。
十和子「マジじゃんヤバっ。まだ全部食べてないのに!」
久白(おにぎり三個あったんだ)
爆弾おにぎりをリスのように口に詰め込む色白黒髪清楚系女子。
久白(…十和ちゃん、多分大食いチャレンジ動画とかあげたらバスリそう…)
細身の清楚系女子なので、ギャップでバズると思うがお口チャック。十和子が望むバズり方ではないので。
久白はお弁当を片付けて、改めて自分のスマホで曲をチェックした。
久白(学校終わったらじっくり聞こう…って、すごい。あっという間に再生数が千を超えた…)
ぽこぽこ数字が伸びていく。さすが、推し。
――【プランクトン】作詞作曲、動画編集、ゲーム実況を熟す動画投稿者。
――基本VOCALOIDを使用して曲を作り動画投稿を行う傍ら、ゲーム実況でファンと交流する活動的な投稿者。
――顔出しNGで年齢不詳。声の低さから男性で、学生ってことしかわかっていない。ちょっとかすれて色気のある声音なのに、仲間内では末っ子扱いなギャップが堪らない…。
○男性の真っ黒いシルエット。アイコンはデフォルメされた♪マーク付きの可愛いくらげ。
久白(創作はソロ活動だけど、実況はグループ活動なんだよね。協力プレイのゲーム実況が多いから…ああ、今日の九時から実況もあるんだ…そっちもリアタイしなくちゃ…!)
目をキラキラさせてふすふす興奮しながらアラームをセットする久白。見逃し防止対策である。
その前で十和子が三個目のおにぎりを口に詰め込み、デザートのシュークリームジャンボを食べ始めていた。
久白(一日で再生数が線を越える…まさしく底辺歌い手の私と比べたら天と地…いや比べるのも烏滸がましいくらいの差がある人…いや、神だわ…)
久白(こういう人って、一体どんな生活をしているんだろう…専門に作曲している人? 大学生? 社会人?)
教師「全員いるかー席に着け~授業はじめるぞ~」
教師が教室に入ってきて、十和子に「天津、いつまで食ってんだ~」と注意する声を聞きながら、英語の教科書を出す久白。
久白(もしかして高校生(同年代)だったりして…なんて、まさかね)
――だって同世代が、こんな思わず泣きたくなる曲を作れるなんて信じられない。
――だから【プランクトン】さんは、もっと年上の、人生経験豊富な人に違いない。
――なんて、私は勝手に思っていた。
○ほぼ同時刻、久白の隣のクラス。2-D。
教師「曲野、休み時間は終わったぞ! 起きろ~」
曲野「…」
窓際の席で机に突っ伏していた男子生徒がもぞもぞ顔を上げる。風でカーテンがはためいて、ボサボサの髪を揺らす。
前髪が長く、マスクをしていた顔がわからない。しかし眠たそうなことだけわかる。
曲野「…はーい」
気怠そうに、ボサボサの髪をかき混ぜた。
(曲野海月。髪がボサボサで、前髪が長い。マスクをしていて顔がわからないが、目付きは悪くクマが出来ている)
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