くじらの子守唄

久白(いやいやまだ決まったわけじゃ…)

 頭を抱える久白。予鈴のチャイムが鳴り響き、ハッと顔を上げる。大慌てで曲野の肩を揺さぶった。

久白「予鈴鳴ったよ曲野君! 起きて起きて起きて!」
曲野「あと五時間…」
久白「学校が終わる!」

 授業に遅刻しちゃうと必死に揺さぶる。寝起きの悪い曲野。

○2-C。久白の教室。現国の授業中。久白は授業に間に合い、真面目に黒板を見ているが頭の中では曲野が心配。

久白(なんとか起こして教室に連れていったけど…曲野君、半分夢の中だった。あれは場所が変わっただけで授業中も爆睡しちゃうんじゃ…)

※その通り。隣のクラスで爆睡して教師が怒っている。

久白(生活に、学校生活に支障が出ている…! 当然だよね。睡眠をとらないと集中力が続かないし、体調だって悪くなる。むしろ今までよく登校してたよ)

 偉いな曲野君…病院行ったらもっと偉いよ…。

久白(私の予想が正しいとしたら、曲野君の睡眠障害は「眠れない」じゃなくて「眠る時間がない」だった)

 ノートの端に「眠れない ×」「眠る時間がない ○」と記入。

久白(もしかしたら昼と夜が逆転して、昼に寝たりしてたかも…でも学生だから授業があって、頑張って起きているうちに…)

「眠る時間がない」の上に矢印を付けて「眠れない」に繋げる。

久白(眠る時間がなくて、眠れなくなったんだ)

 なんて悪循環。予想だけど。

――まるでブラック企業で働く社畜のよう…!

久白(た、待遇の改善を…改善をしないと…!)

 まともに眠れない環境で、いい働きができるわけがない。

久白(そう、日常生活で支障が出るということは、創作活動にも支障が出るということ…!)
久白(そんなの、一ファンとして…見逃せない…!)
久白(底辺歌い手の私と違って…曲野君は、【プランクトン】さんは沢山の人に必要とされている…)

――『俺が創作活動を快適に続けるためにも、助けて?』

 あの発言は子守唄を得るためのものだったが、久白はキリッとした顔で前を見る。

久白(厄介な、勘違いしたファンにはなりたくないと思ってる…でも)
久白(…決めたわ)

○次の日の朝。おはようと挨拶する生徒たち。

門を潜る眠そうな曲野。昇降口で久白を見つけて、のそのそ近付く。

曲野「おはよう調辺さん。あの…」

 ずいっと差し出される、弁当袋。

曲野「え」
久白「曲野君に、お弁当を作ってきたの」

 ざわっと注目する周囲。遠くで「マジかよ」って顔をしている十和子。

曲野「え」
久白「今日からお昼、一緒に食べよう!」
曲野「え」
十和子「私はぁー!?」
友人1「やめろ十和子!」
友人2「友達の付き合いを邪魔するな!」

 思わず弁当袋を受け取る曲野と、その背後で突進しようとした十和子を妨害する友人たち。久白は真剣な顔をして、勇気を振り絞ったぞと息を吐く。

久白「じゃあ、昨日と同じ場所で!」
曲野「え、あ、うん?」

 しゅばっと逃げる久白。見送る曲野。ざわざわ楽しげな周囲。
 駆け足で教室を目指す久白。

久白(質の良い睡眠をとるために必要なのは適度な食事と適度な運動、そして寝る前にデジタル機器から離れること!)
久白(全部は難しいけど、一つ一つ改善していって…)
久白(私が【プランクトン】さんの創作活動を守ってみせる!)

 決意で興奮し、頬を染める久白。呆然と弁当を見ている曲野。
 周囲が「付き合ってる」「あれは付き合ってる」「なにあれ可愛い」「ピュア~」と盛り上がっていることには全く気付いていない。
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