くじらの子守唄
5話
○休日。夏の午後、セミの鳴き声が聞こえる。
曲野家。リビング。クーラーで冷やされた室内なのに、カーテンの開いた窓から日差しが差し込んで、ソファに倒れ込んだ男女に強い陰影を作っている。
ソファの上で仰向けに押し倒されているエプロン姿の久白と、のし掛かっている曲野。二人ともうっすら汗をかいている。
久白「だ、駄目だよ曲野君…! 私そんなつもりじゃ…」
ずれた眼鏡と涙目。赤くなりながら曲野をどかそうと肩を押すが強く出られない久白。
曲野「ごめん調辺さん…俺、もう駄目だ…」
自宅にいるためマスクを外し、下からのアングルで顔がよく見える曲野。ぼうっとした目で久白を見下ろしている。
久白「そんな、ソファじゃ駄目だよ…」
曲野「我慢できない…」
久白「ちょっと…っ」
少し残っていた隙間が埋められて、曲野が完全にくじらにのし掛かる。慌てる久白。
曲野「おやすみ…」
久白「駄目だってばぁー!」
どいてよぉー!
すやぁ、とあっという間に眠りにつく曲野。下敷きになりながらひーんと泣き喚く久白。
ぐっすり寝落ちした曲野の下からなんとか這いずって脱出する。ソファでうつ伏せ状態で眠る曲野を座ったまま振り返り、ため息をついた。
久白「びっくりした…曲野君…」
久白「私の鼻唄でも寝ちゃうんだね…!」
※洗濯物を取り込みながら鼻唄で「ブラームスの子守唄」を歌っていた所に曲野がふらりと現われて、ふらふら近寄って背後からのし掛かりソファに転倒。
久白「私じゃ運べないから、ソファで寝ちゃ駄目だって言ってるのに…」
久白(…いや、私が子守唄を歌っていたのが悪かったのかな…? でもまさか、鼻唄も効果があるなんて思わなかったし…もしかして私ってば曲野君にとって睡眠テロリスト…?)
久白(睡眠が足りてない曲野君だから、眠れるのはいいけど…そのつもりがなくても私の歌で寝ちゃうなら気を付けないと)
久白「…夜は眠れないから、鼻唄でも眠れちゃうのかな…」
うつ伏せが苦しかったのかソファの上で寝返りを打って横向きになる曲野。健やかに眠る顔を見てうっかり。
久白(今日も推しの顔がいい…って、違う違う。そんなつもりじゃなかったけど曲野君が寝たなら、なるべく静かに掃除しなくちゃ…!)
なんて思いながら乱れた服装を整えて、自前のシンプルな紺色のエプロン。何時もの眼鏡。セミロングの髪を後ろで一つに括り、キリッと顔を上げる久白。
――曲野君が推しだと知ってから、初めての日曜日。
――私は曲野君の家に、家事代行にきていた。