くじらの子守唄

○時間経過。
 遠くから聞こえるガタガタという音で、リビングのソファで目を覚ます曲野。

曲野(俺いつの間に寝て…)

 起き上がり、きっちり畳まれた洗濯物と綺麗になったリビングを見て「おぉ…」と感心する。

曲野(想像以上に綺麗になってる…調辺さん頑張ってくれたんだな)
曲野(同級生の女の子に家事代行とか申し訳ないんだけど、正直すげぇ助かる…)

※生活態度が大雑把でわりと失敗続きだった掃除洗濯。料理は早々に諦めて購入していた曲野。

 あれ、本人はどこ…と思ったところでキッチンからガタガタという音。見に行けば、キッチンの上部収納から大鍋を取り出そうと踏み台に乗る久白の姿にぎょっとする。ぐらぐらしていて危なっかしい。

久白「あ、おはよう。夕飯は素麺でいい?」
曲野「危ない危ない!」

 今にもひっくり返りそうなぐらぐらなのに普通に会話する久白。慌てて近付いて鍋を押さえ、久白の背中も押さえる。曲野は補助したつもりだが、後ろからすっぽり抱え込むような形になって意識してしまう久白。

久白(ちっか…!)

 抱きしめられるような距離感に瞬間沸騰する久白。

曲野「鍋とか滅多に使わないから取り出しにくいところに…これ出せばいいの?」
久白「お願いしましゅ…」
曲野「ん」
久白「あ、ありがとう。えーっとえっとね掃除してたら大量の乾麺が見付かってね? 夏だし暑いし素麺にしようと思って、これなら冷蔵庫で保管しておけるし、アレンジもつゆの味変くらいで簡単だしお好み焼きとかピザにもリメイクできて色々応用が利くからお得でっ」

 よいしょと取り出し、両手持ちの大鍋を手渡す。真っ赤になりながら受け取り、水を入れてお湯を沸かす久白。

曲野「…ありがと」

 わたわたしている久白の背中に、曲野が礼を言う。久白は目を丸くして振り返った。

曲野「掃除とか面倒だから適当でいいやって思ってたけど、して貰うとだいぶ違った。洗濯物も…ありがとう」
久白「う、うん」(ぱんつー!)

 洗濯物、といわれて余計なことを考えて真っ赤になる久白。

曲野「だからさ、やっぱりこれ以上は駄目だと思う」
曲野「助けてっていったのは俺だけど、調辺さんが家事代行までしてくれる必要はないよ。家事ってかなり重労働で時間とられるし、日本に一人で残ることを決めたのは俺だし、ずっと調辺さんの世話になるわけにはいかない…俺ができるようにならなくちゃ」

 改めて拒否されて、ショックを受ける久白。
 涙目になりしょんもり肩を落として曲野を見上げる。それに気付いて曲野は慌てた。

曲野「あ、迷惑だとかそういう話じゃないから!」
曲野「俺が、やって貰いすぎだって話だよ。調辺さんは――――報酬を受け取ってくれないし」

 これは、明らかに金銭が発生するレベル。

久白「推しからお金を受け取るのは…解釈違いで…!」

「むしろ振り込ませてくれ…!」と唸る久白と「やめて」と拒否する曲野。

曲野「金銭NGならグッズ? 特に出してないんだよな…サインとかいる?」
久白「ファンとして欲しいけどこの流れで受け取っちゃいけない気がする!」
曲野「真面目だなぁ。これじゃ調辺さんが損しかしてないのに」
久白「推しのためと思えば損じゃな…」
曲野「お願いだから、お礼させてよ。何が欲しい?」

 身を屈めて詰め寄りながら、じっと久白を見下ろす曲野。ちょっと試すような言い方だった。
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