くじらの子守唄
3話
○夜九時。曲野海月の私室。
パソコンのデスクトップが三つあり、その他音楽機材が豊富。座り心地の良さそうな椅子。ベッドに上着などが放られている。
曲野「それで、今嵌まっているのが桜餅アイスなんだけど、いつも売り切れてて中々買えないんだよね」
○淡々とした口調で話しながら画面では激しい効果音。広いフィールドで繰り広げられる戦闘。3:3の協力アクションゲーム。
♪マーク付きクラゲの配信者アバター。画面右下に表示状態。
曲野「調べてみたらどこも売り切れで、沢山の人が買ってるみたいでさ」
烏賊飯『あ、死んだ』
グレ丸『待てこらそこで!? 待って俺もやばい助けて! 助けてー!』
曲野「俺も食べたいから大漁に買うのやめてくれない? 一人一個が常識だと思うんだよね」
グレ丸『常識語る前に仲間助けてー!』
曲野「あ、死んだ」
グレ丸『うっそだろ!?』
曲野「残基ねぇわ」
グレ丸『残り俺だけぇ!? いやーやめてー! こっちこないでぇー!』
烏賊飯『がんばれがんばれ』
グレ丸『もーやだー!!』
曲野「グレ丸ならなんとかしてくれるはず」
久白(ほ、ほんものだぁー!?)
生配信している側を目撃してしまった久白、部屋の前でガクガクと足を震わせながら目が離せない。
久白(え、うそ。まじで? なにこれ。実はまだ寝てる? これは夢? だって曲野君が【プランクトン】って。【プランクトン】さんって)
部屋を覗けば動画配信中の後ろ姿。
久白(まさか偽物。ううん、ちゃんと配信されてるしこのフリーダムな言動は【プランクトン】さんだ。末っ子枠だから我が儘なところが許されている【プランクトン】さんだ)
久白の携帯にも【プランクトン】動画配信の通知が出ていて、現在配信中の動画で間違いない。
久白(でもって一緒にゲームしているのもお友達の【烏賊飯】さんと【グレ丸】さんで間違いない)
※【プランクトン】さんがゲーム実況をよく一緒にしているお友達。
烏賊のデフォルメアイコン烏賊飯と、白黒ボーダーアイコングレ丸。
久白(つまり曲野君は間違いなく【プランクトン】さん(私の推し)…!)
久白(…いやいやまさかだって同級生だよ? 隣のクラスだよ? 同い年だよ? それがまさかの同じ学校に? 【プランクトン】さん(私の推し)がいるとか? は?)
※久白は混乱している。
混乱しすぎてスンッと表情を無くす。深海が見えた。アンコウやメンダコが泳いでいる。
久白(…真偽はともかく、今この状況、とってもよろしくない!)
※生配信している人の背後をとっている。
久白(【プランクトン】さんは顔出ししないからカメラは回っていないけど…私の存在が少しでもばれれば放送事故になりかねない…!)
※例:配信中に親が突撃「ごはんよ~」がちゃ「ぎゃー!」
久白(多分だけど、曲野君すっかり私の存在忘れてるし…ここで私の存在を認識するだけでも動揺するはず。色々思うところはあるけど、ここは一先ず存在を消して、音を立てずに退散するしかない!)
そう決意して後退る久白。
久白(そして私はリビングでリアタイ…!)
※鍵締めをして貰わないと帰れない。
と思ったら移動する前に「きゅりゅるるる…」とお腹が鳴いた。
声もなく衝撃でお腹を押さえる久白。聞こえたらしく振り返り目を見開く曲野。
まさかの腹の虫で存在がばれて羞恥心や焦燥感で涙を浮かべ真っ赤になる久白。思い出して呆然としている曲野。
間。
ちゅどーんと爆発音。ゲームクリアの音楽が流れる。
グレ丸『よっしゃ勝ったぁああああオラァこれが俺の! 実力だぁ!!』
烏賊飯『すごいやグレ丸。追い詰められてからが本番だよねグレ丸。あそこから勝てるとか普通にすごいよグレ丸』
グレ丸『称えて! 俺をもっと称えて!!』
烏賊飯『じゃあ次のステージに行こうか』
グレ丸『もっと称えて!?』
久白(あ、あ、あ~! よかった!! マイクは音を拾わなかった!! 良かった!)
羞恥心で半泣きになりながら後退る久白と、目が丸くなっている曲野。すぐにしまった~という顔になる。
久白(あ、やっぱり忘れてたのね曲野くん)
ゆっくり両手を合わせて頭を下げたので、どうして久白がここにいるのか思い出したし自分が悪いと思っている様子。
烏賊飯『あれ? プラどした?』(コンテニューしていない)
グレ丸『次のステージ行くぞ~』
久白(あああああ続けて続けて!! 私のことは気にしないで続けて~!!)
ジェスチャーで必死に続けるよう訴えるが、顔を上げて髪をかき乱した後、画面に向かって一言。
曲野「次のステージ行く前にトイレ」
グレ丸『お? 了解』
久白(え!)
マイクを切ってミュートにし、立ち上がる曲野。申し訳なさそうな顔で近付いてくる。
曲野「ごめん。ほんとごめん。こんな時間まで待ってくれてたのに」
久白「いやいや待ってほら動画続きほら私帰るからほら鍵だけ閉めてくれればほらっ」
曲野「こんな時間に女の子一人で帰せるわけないし。なのに俺配信はじめちまったから…タクシー呼ぶ。それで帰って」
そう言いながら鍵と一万円を渡す曲野。目玉が飛び出そうになる久白。
曲野「これで鍵閉めて、鍵はポストに入れといて。後これタクシー代」
久白(金額多過ぎだし自宅の鍵を初対面の子に渡すな!! 警戒心どこ!?)
久白「たたた、タクシーなんてそんな駅近いしだいじょ…」
曲野「駄目。俺の所為だから」
久白「うっ」
身長差の圧で一歩下がる久白。手には鍵と一万円。
曲野「本当は俺が送って行くべきだけど」
久白「え、駄目だよ! 配信始まってるんだから、ファンが残念がる…っ」
久白の訴えにきょとんとする曲野。やや合って納得。
曲野「調辺さん【プランクトン】知ってる人か」
久白「あっばばばばばばb」
久白(しまったリスナーだとばれたー!?)
久白「だ、誰にも言わないから安心して! 個人情報漏洩は犯罪です!」
挙動不審になる久白を気にせず、申し訳なさそうにする曲野。
曲野「とにかく、ちゃんと送って行くべきなのにできないから、タクシー使って。呼ぶから」
久白(大丈夫って言いたいけど、ここで問答していたら配信の空白が伸びる…! こ、ここは大人しく受け入れるしか…)
久白「わ、わかった…た、タクシー使うね」
ぱっと喜ぶ曲野。その後テキパキタクシーを呼び、タクシーで帰った久白。動画配信を止めるわけに行かないので見送りなどはしなくて良いと訴える。鍵はしっかりポストに投函。
やって来たタクシーに乗って帰宅する久白。
しかし部屋の前で別れるときに、曲野が久白に囁いた。
曲野『お礼とお詫びと説明は、明日にでもするから』
久白(…)
久白(神から…お礼とお詫び、説明をされる…?)
タクシーに乗りながら深海に沈む久白。やっぱりアンコウやメンダコが泳いでいた。