くじらの子守唄
○時間経過。朝。高校の校舎。朝の挨拶が飛び交う。
久白（ね、眠れなかった…）
寝不足の顔をした久白。ふらふらと下駄箱に向かう。
久白（昨日はお母さんたちまだ帰ってなかったから、私の帰りが遅かったのは気付かれなかったけど…衝撃が…曲野君の衝撃が強すぎて何もできなかった…）
帰宅後、携帯で動画のリアタイをするも「これ本当に曲野君…？ この現場にさっきまでいた…？」と混乱して動画の内容を覚えていない。ぷるぷる震えた。
久白（タクシー代から、意外と曲野君と家が近いって判明しちゃったし…そうだタクシー代も返さなきゃ…曲野君…神に、神から借りたお金を…神から…！？）
ふおお、と混乱のまま靴を履き替え、昇降口で悶える久白。その背後に忍び寄る巨体。ぬっと影が差した。
曲野「おはよう調辺さん」
身長差があるので覗き込むように屈んだ曲野が現われた。前髪とマスクで顔がわかりにくいが、間違いなく曲野海月…【プランクトン】の登場に、久白は驚きで跳ねた。
久白「オ…オハヨウ曲野クン イイ朝ダネ」
久白（朝から神に遭遇だと――――！？）
※神認識から冷静になれないリスナー。
曲野は靴を履き替えており、すぐ思わず立ち止まった久白に並んだ。いつもより遅い時間帯だが、まだ昇降口には生徒が多いので壁際による。
曲野「昨日は色々ごめん。俺の都合で付き合ってくれたのに…俺だけ気持ちよくなって、調辺さんには負担をかけた」
※意訳：気持ちよく熟睡してごめんね。
久白「え、あ、気にしないで！ 私もあの後、寝ちゃったし…っ」
曲野「その…昨日の続きが、したいんだけど…」
※意訳：お礼とお詫びと説明がしたい。
久白「え、そ、そんな、私、これ以上…っ」
※神とこれ以上関わっていいのか不安。
曲野「申し訳ないけど昨日はすごく眠れたから…俺、子守唄を昨日限りで終わりにしたくない」
※意訳：よく眠れたからまたお願いしたい。
周囲（（え…何の話…！？））
お互いの事情から明言できない会話になり、会話の内容がとっても怪しくて聞き耳を立てる思春期の学生たち。身長差からじりじり追い詰めたら壁ドンに近い体勢になっていたこともあり、周囲はざわざわ。
久白（ううわあああ…近い推しが近い推しに認識されてるどうしようお願いされてる頷きたいけどこれ以上推しに関わって迷惑を掛けるわけにはいや関わった方が迷惑にならないのかなどうなの教えて有識者の方――――！）
顔を真っ赤にして狼狽える久白は周囲に気付いていない。だからぬらっと現われた影に気付くのが遅れた。
十和子「曲野くぅん…アンタ、久白になにしたのぉ…？」
二人の会話がいかがわしく聞こえた十和子が背後に威嚇する蛇を背負いながら割り込む。清楚系、とても黒い笑顔。真っ赤な久白を庇うように立つ。
十和子が割り込んだことで距離が空き、やっとここが昇降口だと思い出した久白。こちらを窺う生徒たちに気付く。
久白（…今の会話大丈夫だった！？ 変に曲野君の正体を匂わせるようなこと言ってなかった！？ 大丈夫だったかな！？）
匂わせ的な発言をしていないかと不安になったが別の意味で匂わせ発言みたいになっていた。
周囲（あの会話もしかして）（曲野が調辺に言い寄ってる？）（調辺さん押し負けちゃった？）（あの二人ってそうだったの？）どきどきわくわく。
曲野「何か…？ いや、俺はなにもしてない」
十和子「なにもしてないのにあの会話はおかしいでしょ。惚けてんの？ 久白になんかしたなら、私に蹴飛ばされても文句言えないわよ？」
※自衛のためキックボクシングを嗜んでいる女。清楚系、大人しく見られがち。
曲野「何かあったとしても俺と調辺さんの問題で、アンタに関係ないだろ。というか…アンタ誰？」
十和子「清楚可愛い私を知らない！？ 同級生の可愛い子くらい覚えときなさいよ男でしょ！」
曲野「興味なかったから…」
十和子「それでも男か！」
久白（さすが十和ちゃん…！）
男子とも女子とも仲の良い十和子。自信家発言だが、実際に顔が広く行動的なので会話していなくても名前を覚えられていることが多い。
曲野「それに俺はアンタより、調辺さんの方に興味ある」
久白「…っ！？」
ざわっと揺れる空気。耳まで真っ赤になる久白。
久白（こ、子守唄のことだってわかってるのに、そんな風に言われたら意味が、意味が…！）
曲野「調辺さん」
久白「へあっ！」
長身だから十和子に庇われていてもその背後を覗き込まれ、久白は飛び上がって驚いた。背後は壁なので、それ以上逃げられない。
曲野「お願い。もっと俺に、付き合って」
久白（い、い、い…意味がぁ――――！！）
朝の下駄箱での意味深な告白劇（誤解）に、観客となった周囲の生徒は真っ赤になって大騒ぎ。十和子は般若面で曲野を睨んでいた。
――その後、集団で遅刻した。
○朝の教室。生徒の少ない教室にびびる担任。
担任「！？」（昇降口での騒動を知らない）
生徒「？？」（昇降口での騒動を知らない）
