くじらの子守唄
4話

○朝の昇降口。前回の回想シーン。

曲野『もっと俺に、付き合って』

――それが、私の子守唄じゃないと眠れない曲野君からの、SOSに近い懇願だとわかっていた。
――わかっていたけど。

久白(場所と言い方に大変問題がある…!)

○久白の教室。2-C。昼。

 包まれたお弁当を持つ久白。周囲は昼休憩でざわざわしており、移動していたり食事をはじめていたりする。
――朝の台詞から、私達は『告白された男と戸惑っている女』だと周囲から認識されてしまった。

久白(わ…私なんかが推しとそんな誤解を受けるなんて…お、烏滸がましい…!)

 それ以前に。

久白(全体的に見守り態勢な周囲の反応が辛い――――!)
曲野「調辺さん。一緒に食べよう」

 久白の教室にコンビニの袋を持って現われる曲野。堂々とした姿に周囲の生徒たちが頬を染め動向を見守っている。ニヤニヤしている。
 女生徒たちが「ほら今朝の」「おー、やるぅ」なんてヒソヒソしているのが聞こえた。

久白(わ、私なんかが私なんかが私なんかが私なんかがっ)

 震える久白だが、周囲は応援ムード。どちらももさっとぼさっとしているので、なんとなく年下の恋愛を見守っている気分になっている。あと曲野が堂々としているので揶揄う気分にならない。

十和子「ちょっと、久白は私と食べふぐぅっ」
友人1「ねえねえ十和子化粧品変えたよね~?」
友人2「前言ってたラインの引き方もう一回教えて~」
十和子「ちょっとそれ今じゃなくてもふがふがっ!」
久白(と、十和ちゃーん!)

 友人たちに力尽くで拉致られる十和子。暴れる十和子に絡みついて引っ張る友人1。友人2は振り返り、久白に向かってぺっかぺかな笑顔を向け親指を立てて見せた。

久白(お、応援されてる――――!)
曲野「行こ」
久白「ぇうあぉいっ!」

 おかしな返事をする久白に近付いてお弁当の包みをひょいっと取り上げられる。身を屈め、戸惑う久白の耳元で囁く曲野。

曲野「今後のことちゃんと話したいから…来て」
久白「ぁい…」

 真っ赤になる久白と、抵抗する十和子を押さえながら、クラスメイトは心を一つにした。

生徒((曲野、思ったより肉食系だ(グイグイ行く)な…))

 草食同士かと思ったら、大型犬に項を噛まれて運ばれるうさぎに見えてきた周囲。

○体育館と本校舎を繋ぐ回廊の横にあるベンチで隣同士、弁当を食べる久白と10秒チャージの曲野。曲野はマスクを下げてジューッと栄養補給。久白は震えながらもちまちま食べている。

久白(私なんで推しの隣でお弁当食べてるんだろう…)

 昨日から色々あって思考停止しそうな久白。大海を泳ぐ。
 空になったパックを加えたまま黙っている曲野。久白が食事を終えて弁当を片づけてからしゃべり出した。

曲野「…昨日のことだけど」
久白「ほぁいっ」
曲野「マジでごめん」
久白「ふぁ」

 身体の向きを変えてしっかり頭を下げる曲野。頭を下げられて震えが止まる久白。
 曲野はバツが悪そうな顔で謝罪した。

曲野「急に家まで連れ込んで、俺の事情押しつけて、それなのに熟睡して…あんな遅くまで待たせて、存在忘れて自分の予定を優先とか…冷静に考えると俺、かなりクズなことしてたなって」
久白(あ――…)

 相手は推しだが否定出来なかった久白、斜め下を凝視。

久白「でも…えと…曲野君も追い詰められてたし、確かに帰るのは遅くなったけど、タクシー呼んでくれたし…あ、後でタクシー代返すね!」
曲野「それはそのまま受け取って。おつりもいらないし」
久白「いやいやいやいやいやいやいやいや」

 ぶんぶん手と首を振る久白。

久白「う、受け取れないよ結構安かったし、寝ちゃった私も悪いあい(推しだし)」
曲野「下心もあるから、そのまま受け取って欲しいんだけど」
久白「した…ごころ…?」
曲野「朝言っただろ? 俺に付き合ってって」

 その台詞にドキッとする久白。意味が違うとわかっていても赤くなる。
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