優秀な妹と婚約したら全て上手くいくのではなかったのですか?

31.脅してくるなら(エルメラ視点)

 お父様から正式に第三研究所に対して、抗議があった。
 一度断った私に詰め寄ってくるのは無礼だ。その抗議には、恐らく少しくらいは効果があるだろう。
 しかし所詮、少しの効果だ。それで彼らが何もしなくなるなんて、どうにも思えない。そこで私は、自ら第三研究所に出向くことにした。

「……私があなたを侮辱したことが気に入らなかったのですか?」
「……まさか」

 私の目の前にいる第三研究所の所長は、下卑た笑みを私に向けてきた。
 その不快な表情に、私は顔を歪める。どうやらこの男は、変質者の類であるようだ。

「僕は君の才能を素晴らしいものだと思った。この僕を凡人であるという程の胆力を持つ君を是非とも、手に入れたいと思った。君の才能は、きっと世界を変える」
「ええ、世界くらいはひっくり返しますよ。それで、あなたの望みは?」
「君に研究に集中してもらうことだ……そのためには手段も選ばないつもりだ。それがわかっているから、君もここに来たのだろう?」

 私は男の口振りから、炊き出しの日のあれが脅しであるということを理解した。
 つまり私が従わなければ、家族に手を出すということだろう。一研究機関の所長が、随分と思い上がったものである。

「そんなことをしたらどうなるか、わかっていないのですか?」
「貴族の権力で、僕達は終わりかもしれないな。だが、賢い君はお姉様を傷つけられることに耐えられるかな?」

 私のことを調べたのか、所長は得意気に語っていた。
 確かに、私はお姉様が傷つくことには耐えられない。それは絶対に、避けなければならないことではある。

「……お姉様、どうか愚かなる私をお許しください」
「……うん? 待て、何をっ……!」

 ただ、目の前の男に従うなどという選択肢はなかった。
 私の一生を、こんな者達の好きなようにさせてはならない。
 だから私は、魔法を使った。それはまだ調整中の正確性に欠けた魔法だ。

「何を? 僕は、何をしている? 君は誰だ?」
「私のエルメラ、あなたが欲していた偉大なる才能です」
「なんだ? なんと言ったんだ? 何故だ、何故覚えられない? 何故、思い出せない?」

 その魔法の効果は、忘却である。私は今、彼の中から私という存在に関する記憶を消した。
 この所長は、二度と私のことを思い出すことはできない。さらには私のことを認識することができない。そういった魔法をかけたのである。

 ただ、この魔法は完璧ではない。よってこの所長には、記憶に関する何かしらの障害が残るだろう。
 少なくとも、彼の研究者としての道は閉ざされたといえる。曖昧な記憶の凡才をいつまでも重用はしないだろう。
 主導していた彼がこうなったのだから、私に手を出そうと思う者もいなくなるはずだ。誰もこの所長のようにはなりたくないだろうし。
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