推しの中の人があまりにも尊い!
九話 本当の姿
次の日、教室、朝
既に登校していた純と理沙が一つの机を挟んで座り、笑顔でオタクトークをしている
理沙「でさ、昨日のワンステの更新がほぼ推し回でガチ尊くてさ」
純「うわ、胸熱じゃん。メインストーリーで推しに焦点当てた話来るのやば興奮するよね」
理沙「同時に新しい推しカードピックアップガチャ来て財布ピンチなんだけど」
大興奮の理沙の話を聞いている純に、突如人が近付き、影が落ちる
2人がそれに気付き、顔を上げてその人物を見たのと同時に
悠征「純、おはよう」
その人物……悠征は、柔らかい笑顔でそう言った
突然悠征が話しかけた(しかも女子に笑顔で)ことで、教室中に衝撃が走る
しかし悠征はそんなことにはお構いなく、純の髪の毛を少し持ち上げる
悠征「昨日倒れたんだから、無理するなよ。
何かあったら何でも言え」
そのままちゅっと、髪の毛にキスを落とした
その行為に女子から大きな悲鳴が上がり、たちまち教室が大混乱となる
女子生徒「ど、どういうこと……!?」
男子生徒「あれ本当に真中か……?」
男子生徒「そういや昨日も星野にいち早く駆け寄ってたよな」
女子生徒「そんな、嫌、悠征くんが……!」
女子生徒「何?なんで星野さん?」
困惑や驚愕、嘆き、嫉妬など、様々な声が上がる中、当事者の純はあまりにも予想外の行動にすっかり固まってしまっている
同じく呆気に取られていた理沙が、ハッと我に返り、純を庇うように純と悠征の間に体を割り込ませた
理沙「ちょ、ちょっと待って。
一体どういうこと?」
悠征「……俺は、純のことが好きだから」
唐突な告白にまたいっそうざわめく教室
理沙「いや、うんまあ、昨日の一件でそれは大体察してたけどさあ。
だとしても急に髪の毛にキスは距離感おかしすぎない?」
額に手を当てて顔を顰める理沙が、悠征にとって1番刺さる“距離感”というワードを出す
今の一瞬だけでそう言われてしまう自分に言いようがないほど嫌気が差し、ギリッと握り拳を強く握る悠征
しかし、ここでまた逃げるわけにはいかないと、悠征はゆっくりと深呼吸、そして大きく息を吸い、覚悟を決めたように理沙だけでなく、教室中に語りかけるように口を開く
悠征「……俺にはあるトラウマがあって、だから今までわざと人を遠ざけるような言動ばっかして生きてきた。
それでみんなを不快にさせたことも多かったと思う」
言いながら踵を返し、教室の前、教壇の横まで歩く悠征
ざわざわしていた教室はいつの間にか静まり返り、誰もが悠征の言葉に注目していた
そして悠征は、全員に向けて深々と頭を下げた
悠征「今まで、失礼な態度ばっかり取って悪かった。
許してくれとは言わない。嫌われて当然だし、遠ざけられて当然だ。
ただ……少しだけ、やり直すチャンスが欲しい。
できることなら俺に、みんなと普通のクラスメイトになるチャンスをくれないか」
悠征の謝罪に、顔を見合わせるクラスメイトたち
しんと、耳が痛いほどの静寂が続いた
しかし、しばらくして、1人の男子生徒が口を開く
男子生徒「……何言ってんだよ。
んなこと言わなくても、俺たち元々クラスメイトだろ」
女子生徒「……そうそう!
それに、トラウマなら仕方なくない?」
男子生徒「俺らも悪かったよ。
お前のこと、知りもしないまま偏見で物言ったりしちゃってたし」
男子生徒「てかお前髪の毛にキスとか王子様かよ!
思ってたキャラと違いすぎんだろ!」
男子生徒「公開告白とかやるなあ!」
女子生徒「もっと本当の悠征くんのこと教えてよ!」
1人を皮切りに、わいわいと盛り上がっていく教室
あっという間に悠征は人に囲まれ、男子に小突かれたり肩を組まれたりし、最初は一瞬戸惑った悠征も次第に笑顔が見えるように
教室の中にはもちろん悠征を良く思わない人もおり、盛り上がる輪には加わらず、ひそひそと何かを話している人もいる
一方悠征の様子に、不機嫌そうな顔をしてドカッと椅子に座り直す理沙
理沙「いけ好かない」
純「理沙」
理沙「ってゆーか純はどうなのさ。
結局真中のこと好きなの?」
純「私は…………」
困り顔をする純
悠征を中心に騒ぐ教室で、2人の話を聞いている人はいなかった
理沙「え、何その反応」
純「私はその……悠征くんを推してて」
理沙「ハァ?推しって……」
純「…………」
理沙「マジか……。なんか可哀想になってきたかも」
純が絶対に悠征に気があるはずなのに、自身では恋愛感情を理解できていないことを察し、悠征に同情する理沙
そして当の純は、クラスメイトに囲まれる悠征を見て、どこか物憂げな表情を浮かべていた
◾️場面転換
昼休み、教室
純と理沙が2人で弁当を食べようとしているところに、悠征が話しかけてくる
悠征「純。一緒に飯食べたい」
純は理沙に目を向けるも、
理沙「純がそうしたいなら、あたしのことは気にしないで行ってきな」
と送り出され、悠征と2人屋上にやってくる
2人きりの屋上で弁当を広げる純と、パンの袋を開ける悠征
純「……びっくりした。昨日の覚悟しとけって、こういうことだったの」
悠征「ああ。普通に学校でも純と話したかったってのもあるし……酷い態度続けたままじゃ、純の隣には相応しくねぇって思ったから」
純「でも、癖はまだ治ってないんじゃ」
悠征「それは……正直どうなるかわかんねぇけど。
でも逃げたまんまじゃ始まんねえだろ?
純に惚れてもらえるように頑張るって決めたからさ。
荒療治っつーか、極力出ないように気を付けるよ」
純「そっか……」
話を進めるも、どこか浮かない顔をする純を不安そうに覗き込む悠征
悠征「……嫌だった?」
純「えっ?あ、ううん、そんなことない!
悠征くんは本当に素敵な人だし、それがみんなにもわかってもらえるのは嬉しいことだから」
悠征に問われ、慌てて笑顔を作り、取り繕う純
ちくんと胸が痛んだが気付かない振りをして会話を続ける
純「それより、悠征くんっていっつもパンだけだよね」
悠征「あぁ……弁当めんどくさくて」
純「私のお弁当、ちょっと食べる?」お母さんの手作りだけど
悠征「えっ……正直めちゃくちゃ食べてぇけど、純が足りなくなるだろ」
純「じゃあそのパンちょっとちょうだい」
悠征「……それなら、いただきます」
一見楽しく会話をしながら、純は考える
純(なんだろう、この気持ち……。
みんなの悠征くんに対する誤解が解けて欲しいって、本気で思ってたはずなのに。
なのにどうして……こんなにモヤモヤするんだろう)
この日から悠征は人を遠ざけるのをやめる
しかし癖はやっぱり出てしまっており、男子にも女子にも距離感はだいぶ近め
男子は悠征の周りにいる人たちが「意外とスキンシップあるタイプなんだな」くらいに思って許してくれているため特にまだ問題にはなっていないが、女子はそうはいかず、スキンシップに期待してしまっている層が一定数出てきている
◾️場面転換
数日後、教室のドア付近
すっかり教室に馴染んだ悠征
3人の男子生徒のグループに入ったようで、4人でふざけたり笑い合っている
自分の席からそれを眺めていた純
純(すっかり仲良しになってる)
ふふ、と1人で微笑ましくなる
純(やっぱり、これでよかったんだよね)
すると、悠征たちがいる目の前の廊下に、大きな荷物を持ちながら歩く女子生徒が通りかかる
それに気付いた悠征は話を中断し、廊下に出ると、女子生徒に話しかけて荷物を代わりに持って歩き始めた
純は胸の辺りがもやっとしたのを感じ、慌ててふるふると首を振る
純(……いやいやいや、優しいのは良いことだし)
◾️場面転換
教室
いつものように一つの机を挟んで座っている純と理沙
その近くで、女子生徒数人がきゃいきゃいと噂話をしている
女子生徒1「悠征くんってクールなのかと思ってたけど、実はめっちゃスパダリじゃない?」
女子生徒2「わかるー!私なんてこないだ転けそうだったところを肩抱いて助けられちゃって」
女子生徒1「なにそれ!羨ましい!」
女子生徒3「あたしは頭ぽんってされたよ!?」
女子生徒2「きゃ〜!!!私もされた〜い!!!」
純「………………」
またも胸がもやもやっとし、首を振る純
純(優しいのは、良いこと)
理沙「………………」
複雑な表情で女子生徒たちを見る純を、じっと見つめる理沙
◾️場面転換
放課後、下駄箱
理沙は吹奏楽部のため、1人で帰ろうとした純
靴を履き替えて昇降口を出ると、後輩の女子生徒がしている会話がたまたま聞こえてくる
後輩女子生徒1「こないだ定期落としたら真中先輩が拾ってくれて〜、」
後輩女子生徒2「え〜!?話した!?!?」
後輩女子生徒1「『気を付けろよ』って手握って渡してくれたの!」
後輩女子生徒2「手握って!?スパダリって噂本当なんだ〜!!!」
純(良いこと…………)
女子生徒たちを通り過ぎて校門に向かって歩く純の足が、しばらくしてピタリと止まる
もやもやもやと黒い感情が溢れ出て、ボソリと、本音が口をついた
純「……全然治ってないじゃん」
自分から出た、不機嫌丸出しの声
純はハッと口を押さえ、目を見開き立ち尽くす
純(私、今…………)