推しの中の人があまりにも尊い!
十話 ファン失格
純(私、今…………)
口に手を当て、1人信じられないという顔をする純
純「推しに……文句言った……?」
ポツリと漏らした自問の声は、動揺と罪悪感で震えていた
弾かれたようにその場から逃げ出し、帰路を走る純
純(最悪だ)
ぶつかりそうになった女子生徒「きゃっ」
走りながら女子生徒にぶつかりそうになるも、純はそんなことには構っていられない様子で走り続ける
純(最悪だ)
息が切れだす
頬を伝っているのが涙か汗かもわからない
それでも純は止まらなかった
純(最悪だ!)
ガタン!バタバタバタ!
純の母「ちょっと純、帰ったのー?」
バタン!
純「ハァ……ハァ……ハァッ…………」
純はぐちゃぐちゃな心のまま家に駆け込む
お母さんがその音に反応して声をかけてきたが、純は返す余裕もなく、自分の部屋まで走ったのちに思いっきりドアを閉め、そのドアに背中をもたれかける形でやっと足を止めた
額には大粒の汗が流れ、荒い呼吸を繰り返す
そしてゆっくり、頭を抱えながらずるずるとその場に座り込んだ
純「こんなんじゃ……ファン失格だ…………」
暗い部屋の中、泣きそうな純の声が小さく消えていった
◾️場面転換
次の日、学校
階段と階段の間の踊り場、向かい合う純と悠征
一晩思考を整理した純は、悠征を呼び出し
純「しばらく距離が取りたい」
と告げた。
驚き、動揺する悠征
悠征「なんで?俺、何かした?」
純「ううん、違うの。
全部私が悪くて……ごめん、本当に私の問題」
悠征「…………」
それ以上話そうとしない純に、納得できないところがありつつも、素直に受け入れる悠征
悠征「……わかった。
純に無理させたくねえし、しばらく距離は置く。
けど、もし俺に悪いところがあったらいつでも言って欲しい。俺、このまま終わるの嫌だから」
純「うん、大丈夫。悠征くんは悪くないから」
名残惜しそうに純の方を何度か振り返りながら立ち去る悠征を、軽く笑って手を振り見送る純
完全に悠征が見えなくなると、途端に暗い顔になる
純(……今の私には、悠征くんを推す資格なんてない。
こんな自分勝手な気持ち、なくさなきゃ)
ぐっと、唇を噛んだ
◾️場面転換
セリフはなく、2人が距離をとっている間の日常が流れる
男子グループの中でご飯を食べている悠征と、理沙と2人でご飯を食べている純
真剣に授業を聞いている純と、窓の外を眺めている悠征
校内を男子グループと笑いながら歩く悠征と、理沙と2人談笑しながら歩く純がすれ違うが、お互いに目を向けない
理沙と笑顔で話している純を遠くから見つめる悠征
体育の時間、悠征がテニスコートで活躍している姿を、コートの外から見つめる純
お互いに盗み見ることはあっても、目が合うことはない
普通に過ごしているように振る舞っている純だが、時折そうして切なそうに悠征を見つめている姿を、理沙は何度も見ていた
◾️場面転換
数日後、放課後、学校の屋上
フェンスに手をかけて屋上から景色を眺める理沙と、その数歩後ろにいる純
純「理沙?何、大事な話って」
普通に微笑んで言ったつもりの純の声に、理沙が振り返る
その目は真っ直ぐで、揺らぎがなかった
理沙「いい加減やめたら?その顔」
純「え?」
理沙「あんたここ数日、ずっと張り付けたような笑顔ばっかで全然笑ってない」
純「そ、そんなことは」
理沙「やめて。嘘なんかいらない。
あんたと何年親友やってると思ってんの?
誤魔化せると思わないでよ」
純「………………」
誤魔化しの笑顔が消え、暗く沈んだ表情になる純
はぁ、と理沙がため息をついた
理沙「……真中のせい?」
純「ちがっ……悠征くんは悪くなくて!
全部私のせいだから……」
理沙「でも最近妙にお互い避けてんじゃん。
真中がらみなことは間違いないでしょ?
話してみなって」
純「…………」
言いながら屋上のベンチに腰掛けた理沙に倣い、純も隣に腰掛ける
そして、少し迷うように黙った後、視線を下げたまま静かに口を開いた
純「……害悪ファンになっちゃってる気がして」
理沙「はあ?」
純「だってっ!」
純がバッと顔を上げ、大きな声を出す
その顔には必死さが滲み出ていた
純「私っ、悠征くんの行動に“嫌だ”って思っちゃったの!
こうして欲しい。こういうことはやって欲しくない。
推しの行動を制限するなんて、そんなのファン失格じゃん……!」
言葉が尻すぼみに小さくなっていき、やがて噛み締めるように絞り出した言葉が震える
理沙はフーッと長く深呼吸をした後、真っ直ぐに純を見つめた
理沙「何があって真中を推しだと思ってるのかあたしにはわかんないけどさ。
真中ってリアルの存在で、しかも芸能人でもなくただのクラスメイトじゃん?
それに対して目で追ったり、行動に一喜一憂するのって、本当に“推し”だからかな」
理沙はそう言って、答えない純の手を両手で握る
理沙「あたし、純の歴代推しも今までの推し活も知ってるけど、純は推しに対してあれが嫌だこれが嫌だ治して欲しいって意見出すタイプじゃないってわかってるよ。
今そういう意見が出てきちゃったのって、やっぱりリアルで今後も上手くやっていきたいからで、一方的に応援するんじゃなくて“支え合いたい”、“一緒に歩んでいきたい”って思ったからなんじゃないの?」
純「リアル、で……」
理沙「もう一回よく考えてみて。
だとしたら“推し”よりもふさわしい言葉があるんじゃない?」
純「っ…………」
純は理沙の手に包まれた自分の手を、グッと握り込む
純「でも……相手を変えてまで一緒にいたいって思うのは、わがままなんじゃ」
理沙「好きってそういうものでしょ?
所詮他人なんだから、最初からなんでもバッチリ噛み合う人なんていないよ。
お互いがお互いの居心地のいいように変わっていくのが良い人間関係ってものじゃん?」
理沙の真っ直ぐな言葉と目に射抜かれた純は、泣きそうな見開いた目で理沙を見つめ返す
その瞳は、もう揺れてはいなかった
純は覚悟を決めたように、勢いよく立ち上がる
純「理沙、ありがとう。私行ってくる!」
理沙は掛け出す純を見て、ふっと笑い、
理沙「いってらっしゃい」
小さくそう呟いた
◾️場面転換
教室
ほとんどの生徒が部活に行ったり帰宅をしている中、教室に3人の男子生徒が残って話をしている
悠征が教室で謝った際、それをよく思わず騒ぎの輪に加わっていなかった生徒たちが集まっていた
男子生徒1「真中のことどう思う?」
男子生徒2「いやさ、今更あんな風に謝られても普通に無理じゃね?」
男子生徒1「だよなあ」
男子生徒3「てかあれ、つまりは好きな女にいいカッコしたいから今までのは許してくれってことだろ?ムシが良すぎるっての」
男子生徒2「でも最近星野と仲悪そうじゃん?」
男子生徒1「振られたんじゃね?」
男子生徒3「ぎゃはは、だったらウケるけどな〜!
まあアプローチの仕方クソ下手だったもんな。髪の毛にキスって」
男子生徒2「しかも星野だけじゃなくて色んな女にいい顔しまくっててさ、ただの女好きにしか見えねーよ」
男子生徒1「つーかなんなら男にも距離近くね?男もいけるクチとか?」
男子生徒3「節操なしすぎるだろ!
おおかたトラウマってのも嘘なんじゃねーの」
3人しかいないと思って大声で話している男子生徒たち
しかし、教室から繋がっているベランダには人影が
悠征(…………)
教室からは見えない位置に座っている悠征
しかし会話の内容は全部聞こえており、出て行くこともできず黙って終わるのを待っている
純「……あの!」
そこに純の声が聞こえてきて、悠征は驚いてそっと教室を覗き込む
そこには、廊下から教室に入り、ズンズンと男子生徒たちに近付く純の姿があった
(補足)(悠征を探しに教室に来た純に、たまたま男子生徒たちの会話が聞こえていた)
純「悠征くんはそんな人じゃないよ。
嘘でもないし、女好きでも節操なしでもない。
頑張ってトラウマを乗り越えようとしてる、とってもかっこいい人なんだから!」
凛とした純の声に、じわりと涙が滲む悠征
誰にも見えないベランダで、1人腕を目に当て、天を仰ぐ
男子生徒1「な、なんだよ……聞いてたのかよ」
男子生徒2「行こうぜ」
男子生徒たちは純の登場に動揺し、そそくさと教室を出ていく
純はそれを見送ると、ふぅ、と息をついた
悠征「…………純」
悠征が立ち上がり、ベランダの入り口から声をかける
いないと思っていた人の声に、純は驚きながら振り返った
純「悠征くん……!?いつから……!」
悠征「純。俺やっぱり、純のことが好きだ。
離れたくない」
悠征は純の言葉を遮り、純に近寄って肩を掴んだ
その顔は切なさに歪んでいて、離したくない、行かないでくれ、そう必死に叫んでいるようだった
それを見て、純はグッと拳を握る
純「うん。ごめん。
私ももう、ウジウジするのはやめる。
告白の返事、させて欲しい」
純は決意に満ちた顔で悠征を見つめ、そう口にした