推しの中の人があまりにも尊い!
二話 波瀾万丈水族館
日曜日昼、駅前
私服の純が1人で駅前のちょっとした腰掛けに座っている
その手には横向きにしたスマホが握られており、スマホから耳にかけてイヤホンが繋がっている
永遠『そしたらそいつ盛大にズッコケんの!マジどうなってんだよって』
星月『やばー!その友達めちゃめちゃ面白いじゃん』
エバスタ2人の雑談配信アーカイブを見ている純
すると急に視界に影が落ち、肩にポンと手が置かれる
反応して顔を上げると、目の前には純の目線に合わせて前屈みになっている悠征がおり、かなり近い位置に顔がある
その至近距離から
悠征「悪い、待たせた?」
と声をかけられ、純は驚いて軽く仰け反りながらヒュッと喉を鳴らす
(回想)
秘密の取り引きが成立した直後を思い出す
放課後、2人きりの教室
悠征「……で、どうやって治すってんだ」
純はちょっと悩むそぶりを見せてから、人差し指を立てて気軽に提案
純「そうですねぇ……2人でどこか行きませんか?
1日一緒に過ごしてみて、距離が近すぎるなと思ったら逐一注意して改めていくみたいな形で」
(回想終了)
純(開幕からフルスロットル———!!!)
待ち合わせるだけで感じる距離の近さに思わず目を瞑って手で顔と顔の間に壁を作る純
純「至近距離の推しボイスは勘弁してください……」
悠征「え、あ、悪い。近かったか?」
純「だいぶ近いですね」
悠征「そうか……」
しゅんとする悠征に慌てて立ち上がって取り繕う純
純「だ、大丈夫です!これから改めればいいので!
そのための今日ですからね!」
悠征「……あぁ。じゃあ、行くか」
純「はい!」
◾️場面転換
水族館へ移動中1
駅構内を2人で歩いている
人混みの中、純がすれ違う人とぶつかりそうになり、悠征がサッと純の肩を抱いて引き寄せることで守る
悠征「危ねぇな」
純「あっ……ありがとうございます」
◾️場面転換
水族館へ移動中2
電車の中、満員電車に揺られ立っている2人
純を壁の方に立たせ、ほぼ抱きしめるような形の壁ドンで人混みから守ってくれる悠征
悠征「苦しくねぇ?」
純「だ、大丈夫です……」
◾️場面転換
水族館への移動中3
人が多くはぐれそうな道を歩く2人
純(はぐれないように着いて行かなきゃ)
そう思ったのも束の間、悠征が自然に手を握ってくる
悠征「こっち」
純「……はい」
◾️場面転換
水族館到着、入り口チケット売り場
受付でチケットを買う悠征と、少し離れたところで悠征に背を向け頭を抱える純
純(前途多難かも……)
つい先程まで繋いでいた手を見てグーパーしながら
純(推しのスパダリ力、恐るべし)あまりにも自然に出てくる
と考えていると、後ろからひんやりしたペットボトルが頬に当てられる
純「ひゃっ!」
悠征「お待たせ。疲れたろ、飲むか?」
純「ありがとうございます」
ペットボトルを受け取る純
2人でお水を飲み、一息つく
悠征「……なんか疲れてねぇ?俺、もしかしてまた距離近かったか?」
純「えぇと……そうですね、かなり」
悠征「はあ……」
落ち込む悠征に、フォローしようとする純
純「でも、行動自体はどれも私を思ってのものだったと思いますし、女の子はされたら嬉しいと思いますけどね!」
悠征「……まあ、1人に対してだったらな。
問題は誰にでもやっちまってとんでもねぇ“たらし”認定されることだ」
純「あぁ〜……」
純(否定できない……!!!)
擁護できなくなり、苦笑いをする純
しかし、すぐに軽くパンと両手で頬叩き、
純(いやいや、だから治すためにここにいるんでしょ!
しっかりしろ、純!)
と思い直して悠征に向き直る
純「治せるように私も頑張るので!
とにかく今は、せっかく来たんですから、水族館楽しみましょう!」
にこっと笑う純に、少し肩の力が抜ける悠征
悠征「……あぁ、そうだな。
俺、水族館ってすげー久しぶりだわ」
純「私もです。いつぶりだろ?」
悠征「やっぱVやってると、どうしても家から出なくなっちまって」
純「そういえば永遠くんって、なんでVtuberやろうと———」
言いかけた純の口元に悠征の人差し指が当てられ、またも顔を寄せられて至近距離になる
悠征「悠征」
目を丸くして悠征を見る純
悠征「身バレすんだろ。その名前で呼ぶな」
純「あぁ、すみません!……悠征くん、あの」
悠征「ん?」
純「近いです」
少し遠ざかるようにのけぞっている純と、前屈みで迫っているような体勢をしている悠征を引きで見るアングル
指摘されて気付き、慌てて距離を取る悠征
悠征「あっ……!またやった……!」
純「ま、まあまあ、今のは私も悪いです!」名前呼んじゃったし!
また落ち込みかける悠征からパッとチケットを奪い、顔の横でチケット2枚でピースを作るようにしてにひっと笑う純
純「楽しみましょ!」
悠征「……あぁ」
ふっと笑って答える悠征
(ここから水族館内を回って様々な魚やショーを楽しむ描写と、時折近すぎてNGを出されている描写が背景に流れつつ、会話)
純「悠征くんはなんでVtuberを始めたんですか?」
悠征「この癖のせいでリアルでは誰とも喋れなくなったから、自然にネットで友達作るようになったんだよ。したら、その友達に誘われて。
……お前は、なんで俺……というか、永遠が好きなんだよ」
純「それ聞いちゃいます〜?
最初はね、口調がすごいぶっきらぼうで、ちょっと怖いなって思ったんです。
でもなんとなく惹かれて配信をいくつか見てたら、そんな口調のままリスナーを口説き落としてるみたいな発言をしてたり、コラボ相手に対してさりげない気遣いがあったり、ゲームしてる時は子供みたいにはしゃぐ時もあったり、ギャップもあり尊さもありみたいな感じで」
悠征「わかった、もういい。
それ以上はやめてくれ……」恥ずかしくなってきた
純「え?そうですか?」あと5時間は語れますよ?
◾️場面転換
水族館の一つの水槽の前、ベンチが置かれて小ぢんまりとした休憩スペースに座りながら、目の前の水槽を見つめる2人
周りには誰もおらず、背景に出口はこちら、と書いてある看板があり、もう一通り回り終わって帰る直前であることを示唆
純「うーん、水族館は楽しかったですけど、なかなか治すのは難しいですねぇ」
悠征「悪い……」
純「謝らないでください!
癖ってそう簡単に治らないって言いますし……」
沈黙
水槽の中の魚が泳ぎ回り、ゆらゆらと波を作っている
純「……あの!その癖、どういう時に出やすいなとか、何かありますか?」
悠征「どういう時……人が触れる距離にいる時はほぼ無条件で無意識に……?」
純「それじゃあ、こうしましょう!」
急に立ち上がった純を見上げる悠征
悠征を振り返り、人差し指を口元に当てて目を細めて笑う純
純「今から私が何しても、悠征くんは触るの禁止ですよ」
悠征「なに———」
その表情にドキリとする悠征
瞬間、純は悠征の目の前に立ち、悠征が座っているすぐ真横に右ひざを立て、半分上に乗っているような形で距離を詰める
純が悠征に覆い被さっているような形になり、純の髪がサラリと悠征の頬を掠める
その髪をそっと耳にかける純が、悠征の目にはやけに魅力的に映った
純「シチュエーション2。
好きな子と1日遊んで、まだ帰りたくない、一緒にいたいって時」
思わず、悠征の手が純の頬に伸ばされる
純「なんて言う?」