推しの中の人があまりにも尊い!
三話 推しのファンサが神すぎる



純「シチュエーション2。
好きな子と1日遊んで、まだ帰りたくない、一緒にいたいって時、なんて言う———?」


微笑んで問いかける純の頬に、思わず手を伸ばす悠征
しかし、その手が届く前に純の手が捕まえて制する


純「だめ。我慢して」

悠征「っ……」


有無を言わせない言葉に、悠征はごくりと喉を鳴らす
純は捕まえた手から力が抜けたのを確認するとするりと手を離し、ベンチで壁ドンをする要領で手をベンチの背に付けて悠征との距離をさらに縮める


純「ね、答えは?」


真正面に迫る純の目から目が離せない悠征は、熱に浮かされ、もはや半分以上が本心になりつつあるセリフを口にする


悠征「……悪い、わがまま言う。
まだお前のこと離したくない」


今までに聞いてきたどの声よりも熱っぽい声に、ゾクリとする純

壁ドンをしているのとは反対の手が、悠征の頬から首を通り、鎖骨にかけてをスーッとなぞる
そのまま純はさらに距離を詰め、悠征の耳元に口が来るくらいに深く覆い被さる


純「よくできました」


妖艶な声に、ゾクゾクっと大きな快感が背中をかける悠征


悠征「す、み」


思わず、初めて呼ぶその名前が口をついた
途端、ピタリと純の動きが止まる

超至近距離、耳元での推しの名前呼びボイスにより、自分が何かとんでもないことをしているのではと我に返る純


純(あれ、私今、推しに名前を)


バッと悠征の口元にあった耳を手で押さえながら顔を上げる、真っ赤な顔に目を丸くした純
同じく顔を真っ赤にし、熱っぽい表情をしている悠征とバチリと目が合う


純「きっ……今日はここまでにして帰りましょうか!」


慌てて目を逸らして悠征から距離を取り、両手を上げる純
悠征が何か反応する前に、畳み掛けるように続ける


純「私!ちょっと!お手洗い行ってきますね!」


純はパタパタと逃げるようにお手洗いに走る


悠征「…………」


1人残された悠征が口元を手で押さえて赤面している

悠征は今日1日で触れた純の気遣いや好きなものへの熱、コンプレックスである癖を何度目の当たりにしても変わらない態度、そして最後に見せたスイッチが入った時の積極性のギャップに強く惹かれる

対して純は、「推しの声」に照れることはあれど、「悠征」を意識しているわけではない





◾️場面転換
次の日月曜、教室、朝
寝不足による悪い目つきで自分の席に座っている純


純(徹夜で漫画を描いてしまった……)


周りがおはようと挨拶を交わしているのを横目に、純はゴンと机に頭を打つ


純(だって推しから名前呼ばれたんだよ!?興奮するに決まってるって)

理沙「純、純、純!す〜み〜〜〜〜!!!」


そこに名前を連呼しながら小走りで近付いてくる理沙
純は顔だけ上げて最小限の動きで理沙を見る


純「あぁ、理沙……おはよー」

理沙「うわっクマすごっ。さては徹夜したな」

純「へへ……創作意欲が止まんなくて」

理沙「そうそうそう!さっき出してた漫画!!!
帰したくなくてわがまま言っちゃうシチュ、スパダリの独占欲見えて界隈違うあたしでもアガっちゃったんだけど!」


その言葉を聞き、ガバッと体を起こす純


純「でしょ!?!?!?!?」

理沙「コメントすごい反響じゃん!永遠くんの声で脳内再生余裕ってコメントめっちゃついてるよ」

純「えへへ〜レポ専絵師脱却できるかな」

理沙「いけるって!次の同人イベントがますます楽しみになっちゃった」

純「任せて、今創作意欲100万倍だからいくらでも漫画描けそうなの」


グッと親指を立てて見せる純
キーンコーンとチャイムが鳴る

みんなが各々席につき始め、理沙も自分の席に戻るが、去り際に


理沙「売り子なら喜んでやるからまた呼んでよね」

純「助かる〜」


とだけ会話


純(……脳内再生、どころか、実際に聞いてしまったんだもんな……)


眠くてぼんやりとした頭でそう思い返す純


純(あぁ、やばい、流石に徹夜は……)


そのまま夢の世界へブラックアウト
ゆらゆらと定まらない思考の中、真っ暗な視界がしばらく続く


???『………………』


遠くで誰かの声が聞こえる気がする


???『………………み』

純(なに……?だれ……?)


???『……み、』

悠征『すみ』


夢の中、耳元で、あの名前呼びボイスがはっきりとフラッシュバックした


純「わあ!!!!!!」


びっくりして勢いよく立ち上がり飛び起きる純
教室は完全に授業中で、全員の視線が純に集まった

呆れと静かな怒りが混ざったような担任の声が飛んでくる


担任「星野ー、今のは立候補ってことでいいよな?」

純「はっ、えっ、な、何が」

担任「文化祭の美化委員」

純「うげっ」


黒板には様々な係と担当になった生徒の名前が羅列
今は文化祭の係決めを話し合う時間で、どうやら文化祭専門の美化委員の立候補を募っていたところだったらしい


担任「まさか寝てたなんて言わないよな。
立候補するから立ち上がってくれたんだろ?」

純「…………はい…………」


とても断れない雰囲気に渋々頷いて着席し、項垂れる純


純(あぁあ〜〜〜……推しの名前呼びボイスが頭から離れないばっかりに…………)


頭を抱える
担任は黒板の美化委員の欄に星野と書き、クラスに向き直る


担任「そんじゃ、星野は決定で。
もう1人やってくれるやついないかー」


純は藁にも縋る思いで理沙を見る
純と目があった理沙は(げっ)という顔をしながらも、巻き込まれてやるかと仕方なくゆっくり手を上げようとするが、


理沙「先生、私が———」

悠征「———はい」


その前に悠征がゆるく手を上げる


悠征「俺がやります」

担任「おぉ、スムーズで助かるぞ〜。
じゃ、星野と真中は今日から放課後残って、美化ポスター作り頼むな」


教室中がざわめき出す


女子生徒「な、なんで悠征くんが……!?」

男子生徒「マジ?あいつが何か自分から手上げんの初めてじゃね?」

男子生徒「あいつそんなキャラだっけ」

女子生徒「何々、どういうこと!?」

女子生徒「孤高のイケメンと一緒とか羨まし〜!」


ザワザワと色んな声が飛び交う中、悠征は涼しげな顔で窓の外を眺めている


純(えっ……?ファンサ……???)


その悠征を、宇宙猫のような気持ちで驚き見つめる純





◾️場面転換
放課後、教室
純に手を合わせて謝る理沙


理沙「ごめん!あたしが手上げるの遅くて!」

純「いやいや、いいよ!普通に寝てた私が悪いし」


笑顔で応じる純だが、理沙は引かない


理沙「だって、相手がよりにもよってあいつになるなんて……」


理沙は態度が悪い悠征と一緒になってしまったことを案じている
純は悠征その態度の理由も、本当の顔も知っているので問題ないが、それを勝手に言うわけにもいかず少し困った顔で誤魔化す


純「大丈夫だって、こないだちょっとだけ悠征くんと話す機会あったけど、全然優しかったもん」

理沙「えぇ?そんなまさか。
『話しかけんな』がデフォの男だよ!?」

純「うーん、ほら、何か事情があるのかもだしさ」

理沙「そうかなあ」

純「ほらほら、吹部遅れちゃうよ、早く行きなって」

理沙「むうぅ、それじゃあ行くけど、何か嫌なことされたらすぐ言うんだよ!?」

純「わかったわかった」

理沙「また明日ね!」

純「はーい、また明日〜」


理沙を吹奏楽部に送り出し、1人教室に残る純
美化委員は文化祭に向けて美化ポスターを作らねばならず、その居残り

すると、すぐに理沙が出ていった扉とは逆の扉から悠征が入ってくる


悠征「……俺、めっちゃ嫌われてんな」

純「悠征くん!今の聞いてましたか……」

悠征「まあ。あんな態度取ってるから、当然だけど」

純「う〜〜〜、早く癖が治る方法見つけましょうね……!
本当はすっごく尊さの塊なんだから、誤解されてるのは悲しいです!」

悠征「尊さの塊……?」


オタク特有の言い回しに若干引っかかるも、悠征は純の近くの席に座り、2人でポスター作りの作業を始める


純「それにしてもびっくりしました。
美化委員なんて誰もやりたがらないのに」

悠征「ああ……」


ポスターに視線を注ぎ、前傾姿勢になっている純は、横髪が前に垂れている
悠征が作業の手を止めて、顔を若干近づけその前髪をすくって耳にかけてやりつつ


悠征「……純と2人になりたかった」


その言動に思わずポスターから目を離し、悠征の方を見る純
心なしか頬が染まっているような悠征と目があって、一瞬とも永遠とも取れる時間が流れたが、しかし


純「…………ファンサが尊い……!!!!!」


純は悠征の予想に反して、照れることなく歓喜し出した


純「めっっっちゃ良いですね……あ、こういうシチュエーションはどうでしょう!?
シチュエーション3、好きな人と念願の2人きり!
どうやって口説きますか?」

悠征「くどっ…………」


嬉々としてシチュエーションの話をし出したことに拍子抜けしつつ、夢にも自分がそうされ(口説かれ)かけているとは思っていない様子の純に言葉を詰まらせる悠征
にこにこと悪気のない笑顔を浮かべる純に対し、はあ、と一つため息をつき、


悠征「俺のこと、もっと意識しろよ」


若干拗ねたような顔でそう言い、軽く純のおでこを指で弾く
おでこを押さえた純、興奮は抑えられない


純「ありがとうございますっっっっっ!!!!!
待って無理、今日も徹夜確定コースだよ絶対。
推しが尊すぎる、私大丈夫?そろそろ事故らない?
こんな身に余る光栄があっていいんですか」


1人で大盛り上がりして悶えている純を、頬杖をつきながら呆れまじり、愛しさまじりの優しい目で見つめる悠征
優しい時間が流れる

悠征としては本音そのものだが、純はセリフと信じて疑わなかった


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