推しの中の人があまりにも尊い!
四話 君は誰の王子様?



平日、教室内
文化祭の準備でガヤガヤとしており、小物を作る人や舞台のセットを塗装する人などがいる

中でも教室の半分ほどを占めているのは、演劇の練習をする生徒たち
純のクラスの出し物は白雪姫をギャグ寄りにアレンジした演劇で、夢小説の経験を活かし、脚本・監督を理沙が務めている


継母役の女子生徒「鏡よ鏡、世界で1番美しいのはだぁれ?」

鏡役の男子生徒「エ〜?まあお前なんじゃね?」

継母役「まあお口の悪い!そんな態度じゃその鏡、か、かち割ってしまいますわよ!」

理沙「ストップストップー!!!
鏡役もっと態度悪く!!継母役噛まない!!!」


台本片手にビシビシと指導をする理沙
舞台セットの塗装リーダーを務めている純は、ペンキのついた筆を片手にその様子をチラリと見て、


純(理沙、気合い入ってるなあ)


ふふっと笑ったのも束の間、すぐに一つの塗装を終えた様子の女子生徒に話しかけられる


女子生徒「純ちゃん純ちゃん、お城のてっぺんあんな感じでいいかな?」

純「お!完璧〜!!ありがとう!」

女子生徒「よかった!他にもやることある?」

純「そうだな〜……じゃあ、」

衣装係の女子生徒「みんな〜!!頼んでた衣装できたよ〜!」


新しい指示を出そうとした瞬間、衣装係の生徒が段ボールを持って教室に入ってくる
その声に、わっと教室が盛り上がる


女子生徒「わっすごい!可愛い〜!」

爆笑する男子生徒「鏡の着ぐるみ感やべー」

鏡役の男子生徒「おいマジで俺それ着るの?」

笑う男子生徒「ぜってー似合うじゃん」

鏡役「不名誉すぎるわ」


周りの生徒が爆笑する


ガラッ

衣装に盛り上がる教室に、悠征が登場
イヤホンを付けたまま我関せずという顔で盛り上がっているところを素通りし、自分の席に着く

それを見た女子生徒の1人が、勇気を出した様子で


女子生徒「私!……悠征くんが王子様衣装着てるとこ、見てみたいな〜……なんて」


ちょっと冗談めかして提案する
悠征に気がある女子たちは、よく言ったと言わんばかりにこぞってその言葉に反応


女子生徒「めっちゃわかる!」

女子生徒「見たい見たい!」

男子生徒「いや絶対無理だろ。やめとけって」

女子生徒「でも見たいじゃん」

女子生徒「お願いしてみる……?」


欲が抑えられず、王子衣装を持って悠征に恐る恐る近付く女子たち


女子生徒「あのー……悠征くん」

悠征「……」


近付いてきた女子たちを怪訝そうな表情で一瞥し、ほんの数センチだけイヤホンを外す悠征


女子生徒「これ……!一回だけでいいので着てくれませんか!」


期待感に満ち溢れた女子たちの目
瞬間に嫌悪が浮かぶ悠征の目


悠征「無理」


一言で一蹴し、イヤホンを付け直し机に突っ伏すことでこれ以上話すつもりはないとアピールする悠征
女子たちは落胆して「だよね〜」と言いながら戻ってくる


男子生徒「だーから言ったろ」

女子生徒「ダメ元だし〜」

理沙「はいはい、続き練習するよ!」

女子生徒「は〜い……」


理沙がパンパンと手を叩き、練習に戻っていく生徒たち


純に指示を仰いでいた女子生徒「あ〜、ダメか〜。見てみたかったのにな」

純「…………」


女子生徒の声を聞きながら、純はその様子を見ている





◾️場面転換
今日の文化祭準備が終わり、ほとんどの人が帰った教室内
美化委員のため、今日も残る純

誰もいない教室で1人、置いてある王子様の衣装をそっと持ち上げ


純「……見たかったなあ」


小さく呟く
すると、突然背後から声と同時に、背中にぬくもり、肩には手が添えられる


悠征「何を?」


いつのまにか悠征が真後ろに立っており、純の肩越しに純の持っている服を覗き込むような形で、ほぼゼロ距離で後ろから純の肩を抱いている


純「わっ!?悠征くん、いつの間に……!?」

悠征「今」


驚いたのも束の間、スンッと純が真顔に戻り、悠征の前に人差し指を持ってきて


純「近いですね、だいぶ」

悠征「あ。……悪い」


少しバツの悪そうな顔でパッと手を離し、一歩距離を取る悠征
純はさして気にせず、すぐに笑顔になって話を続ける


純「いやぁ、さっきみんなが悠征くんにこれ着てほしいって言ってたじゃないですか?
私も見てみたかったな〜って」

悠征「何、純も俺にそれ着て欲しいの?」

純「もちろん!かっこいいから絶対似合いますもん」


王子の服を広げて、悠征の身体に当てがう純
その両手に、悠征の両手が重ねられる


悠征「……一回だけだからな」

純「へっ?」





◾️場面転換
教室外、廊下
悠征が着替えるため、純は一度廊下に出て待っている
少しそわそわしながら、教室に背を向けドアに持たれるようにして立っている純


悠征「純、もういいよ」

純「は、はい!」


後ろ、教室内から呼ぶ声がして、ついピンと背筋を伸ばして返事をする純
ドキドキしながら教室のドアに手をかけ


純「失礼しま……」


言いながら入るが、悠征を見た瞬間言葉を失う
少し照れ気味に目を逸らしている悠征はまるで絵本から出てきた王子様そのもので、教室がお城の一室に見える錯覚を起こすほどに似合っていた
純があまりにも何も言わないので不安になり、悠征はチラリと純を見ながら口を開く


悠征「なんか言えよ」


目を見開いたまま固まっている純
数秒後、そのままドバッと涙を流す


純「王子様すぎる…………尊みの秀吉……今日が命日、ここが墓か。アーメン」


最上級の好感触に悠征は満更でもない様子で、しかし照れ隠しをする


悠征「くそ恥ずいからもう脱ぐ」

純「えっ!!!待ってくださいよそんな殺生な!
写真!撮りたいです!」

悠征「却下」

純「そこをなんとか……!!!一生のお願いです!」

悠征「…………」


ビシ!と純の目の前に人差し指が立てられる


悠征「一枚だけ」


そしてその手がピースの形に変わる


悠征「誰にも見せないこと」

純「…………死んでも守ります!!!!!」

悠征「……好きにしろ」


カメラのファインダー越しの悠征、机に軽く腰掛けて、カメラの方は絶対に見ない

宝物ができたとほくほくする純
撮った写真を眺めて、ふと思いつく


純「パロもの、アリだ…………!!!」

悠征「は?」


キラキラした目をしながら、ずずい、と悠征に近付く純
悠征は急に近付かれたことでドキリと心臓を跳ねさせる

悠征が壁際の机に腰掛けていたことから後ろにはすぐ壁があり、壁と机に手をかけた純に閉じ込められる形になった
至近距離で追い詰められるような構図に、じわじわと頰が熱くなる悠征
しかし純はそんなことなどつゆ知らず、目を輝かせて口を開いた


純「シチュエーション4。
王子様な永遠くんが恋をした相手は普通の一般人!
相手が身分の違いを理由に身を引こうとしている時、なんて言って引き留める?」

悠征「……それ永遠関係ある?」

純「やだなぁ。関係ないものに結びつけて、もしもの世界を楽しむのがパロですよ」

悠征「あっそう……」


呆れ半分で納得し、体勢から来る照れを隠すために思考を塗り変えるという目的もあって、王子パロという難題に向き合って考え込みはじめた悠征

しばらくして、おもむろに純に手を伸ばし、頬を両手で包み、無理やり自分の方を向かせ


悠征「身分なんか知らねぇ。
そんなしがらみがどうでもよくなるくらい、俺のことを好きになれば良い。
そうしたら、俺が全部守ってやる」

純「ヒェ…………」


あまりに良すぎて変な声が出る純
悠征は純の頬から手を離した


悠征「これでいいか」

純「大満足ですありがとうございます……」


尊さのあまり両手で顔を覆い、悠征から離れて背を向ける純
その様子を見て、仕方のない奴、と言わんばかりの顔でふっと息を吐く悠征


純「悠征くんってほんっっっとうにファンサの鬼ですよね……オタクを殺す気ですか……?」

悠征「はい、終わり。もう脱ぐから」

純「あ、はい!外出てますね!ありがとうございました!」


今度は素直にパタパタと出ていく純
その後ろ姿を見て


悠征「お前にだからだって、気付けよ」


小さく呟いたその声は、純には届かない


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