推しの中の人があまりにも尊い!
五話 吊り橋は効果抜群


文化祭当日 11時前
様々なクラスTシャツを着て盛り上がる生徒たちと、私服の一般のお客さんたち
屋台でやり取りをしている人や、教室前で受付をする人、呼び込みをする人など様々いる

純も例によって『異端白雪姫』と書かれた看板を持って校内を回って呼び込みをしていた


純「もうまもなく11時より、『異端白雪姫』開幕になりまーす!ぜひ3年2組の教室までお越しくださーい!」

一般客「あの〜、異端白雪姫見たいんですけど、教室がどこかわからなくて」

純「ありがとうございます〜!案内しますね!」


声をかけてきた3人組の一般客に笑顔で応じる純
教室に向かって歩く純と、その後を喋りながらついてくる3人組

教室に近付くと、教室入り口で看板を持ち、主に女性客に群がられて客寄せパンダ状態になっている悠征が見える


(回想)
役割分担の話し合いを行なっていた時、みんなが意見を言うのを尻込みして役割を決めかねていた悠征に対して

理沙「アンタは看板持って入り口に立ってるだけで良いから。
喋らなくて良い、むしろ一言も喋るな。
できれば怖い顔は控えろ。
人を引き寄せてくれれば、あとはこっちで全部やる」

と若干イライラした理沙が言い放ったのを思い出す
(回想終了)


理沙「はーい、お触り禁止ですよ〜。
このイケメンが所属するクラスの入り口はこちらになります、立ち止まらずお進みくださいね〜」

純(効果てきめんすぎる)


悠征に寄ってきた客をにっこり営業スマイルで次々と教室内へ案内していく理沙に、苦笑する純
教室前まで行くと、理沙に3人組を紹介する


純「理沙、こちらお客様」

理沙「純!ナイス呼び込み!
いらっしゃいませ、入り口はこちらになります〜」


教室へ入っていく3人組を見届けつつ、近くにいる悠征に目を向ける


純「お疲れ様です。大変そうですね」

悠征「マジで……動物園の動物ってこんな気分なんだろうな」

純「あはは……私も疲れました、看板意外と重くて」


げんなりした悠征と、壁に立てかけるように看板を置く純
看板を離した瞬間、悠征がその手を掴む


悠征「もう無理だ、抜けるぞ」

純「えっ?」

悠征「おい。俺たち、そろそろ美化委員の時間だから」

理沙「え〜もう!?」


手を掴んだまま、悠征が教室に顔を覗かせてそう言い放つと、教室の中からは抗議するような理沙の声
しかし、悠征はそれを無視して


悠征「行くぞ」

純「ちょ、ちょっと、悠征くん!?」


掴んだ純の手をそのまま引っ張って、教室を後にする





◾️場面転換
屋台がなく、人気が少ない中庭
純と悠征、2人並んでベンチに座る


純「悠征くん、美化委員のシフトまでにはまだ時間ありますけど」

悠征「わかってる。けど、休憩なしであれはキツい」

純「…………」


しばし黙る2人の後ろ姿
かと思えば、純がすくっとその場に立ち上がり


純「……ですね!
じゃあせっかくだし、どこか回りませんか?」


悠征を振り返ってそう笑う純
そういうところが好きなんだよな、と内心無意識に感じながら、ふっと笑みが溢れる悠征


悠征「いいな。どっか行きたいとこある?」

純「あっ!私一個気になってるとこがあるんです!
4組のお化け屋敷なんですけど、あの“美術部ダブルエース”がセット美術を担当しててすっごく雰囲気があるんだとか!」

悠征「“美術部ダブルエース”?」

純「えぇっ、知らないんですか!?
3年4組の星慈くんと絵里花ちゃん、あらゆるコンクールで賞を奪い合うライバルにして、本人たちにしかわからない不思議な世界観がある仲良しカップル!って、同学年だと割と有名だと思うんですが」

悠征「……知らねぇな」

純「さては全校集会の話聞いてませんね?
何回も表彰されてる名前ですし、覚えてる人も多いはずですよ。
個人的に、同じ絵を描く身として尊敬してて」


嬉々として語る純を、意味ありげな表情で見つめる悠征


悠征「……純って、“永遠”以外のこともそうやって語るんだな」

純「へ?
あぁ〜……、そうですね。
永遠くんへの好きとは別物ですけど、基本的にオタクですから。好きなものは語りますよ」

悠征「へえ」

純「と、言うわけで。
悠征くんさえよければ、4組のお化け屋敷行きませんか?」





◾️場面転換
4組のお化け屋敷前までやってきた2人
圧倒的な画力で、まるでテーマパークの本格的なお化け屋敷のようなその風貌にあっけに取られる


悠征「……想像以上にガチだな」

純「流石……と言うべきか、やりすぎと言うべきか」

悠征「“美術部ダブルエース”、だったか?
これは納得するしかねぇわ」

お化け屋敷受付係の生徒「いらっしゃいませ〜」


入り口で受付をし、暗闇の教室に足を踏み入れる2人
入った瞬間にここは廃墟か何かかと思うほどにガチな世界観を目の当たりにする


純「…………あ、あの」


悠征の服の袖をちょんと引っ張る純


悠征「ん?」

純「やっぱやめましょうか……」


目が泳いでいる純に少し驚いたものの、すぐにふっと笑う悠征


悠征「なんだ。行きたいって割に怖ぇのな」

純「セット美術が気になっただけで……お化けは元々得意じゃないので……」

悠征「じゃあこうしてれば」


袖を掴んでいた手をすっと引き寄せ、自分の腕に絡ませつつ手を繋ぐ悠征


純「失礼します……」

悠征「……おう」


純は怖さに耐えられず、言葉に甘えて腕にぎゅっとしがみつく
まさかそこまでしっかりくっつかれるとは思っておらず、ちょっと照れる悠征


そんな甘い空気になりかけたのも束の間、気付いたらお化け役が純の真横で純をじーっと見ている

それとふと目が合い、時間が止まる純
一カメ
ニカメ
三カメ


純「っっっぎゃーーー!!!!!!!!」

悠征「あっ、おい」


純が怖さのあまり叫び、悠征の腕をグイグイと引っ張って逃げるように先に進む

行く先行く先、ロッカーからバンと飛び出る幽霊や、井戸から這い出る幽霊、足を掴む幽霊などが出て、ぎゃーぎゃーと騒ぎながら悠征にしがみつく純

焦りのあまり早足になり、途中でつんのめる


悠征「危ねっ……!」


支えようと手を伸ばした悠征をそのまま押し倒す形で2人で倒れる


悠征「ってぇ……」

純「ひぇっ、ご、ごめんなさい……!大丈夫ですか!?」


混乱したまま勢いよく顔を上げる純


悠征「いや、ちょっと打っただけ。
純は?痛いとこない?」

純「私は全然っ!」

悠征「よかった。ったく、ちょっと落ち着け」


悠征は言いながら、押し倒された体勢のまま、純の頭を手で引き寄せ自分の胸に押し当て、ハグのような形になる
そのまま、落ち着かせるようにぽんぽんと頭を撫でる


純「あ…………」

悠征「怖いのはわかるけど、暗闇で走ったら危ねぇだろ」

純「す、すみません……」

悠征「一回落ち着くまでこうしてろ。な?」

純「……はい」


そのまましばらくぽんぽんと撫でられ続ける純
段々幽霊に対するドキドキなのか、違うものなのかがわからなくなっていき、ただ一つ確実なのは、ずっと心臓が高鳴っているということ
落ち着きを取り戻し、じわじわと恥ずかしさを感じ始めた純が口を開く


純「あ、あの……悠征く———」

出口案内役の生徒「お客様?」

純「へっ」


言い終わる前に、ガラリと目の前の壁だと思っていたところが開く
まさか開くとは思っておらず、目を丸くする2人
その様子を見て、案内役の生徒が一言


案内役の生徒「出口です」

純・悠征「………………」


気まずさたっぷりの顔





◾️場面転換
学校裏庭、ゴミ捨て場
本当の美化委員のシフト時間
ゴミ捨て場に待機し、ゴミを捨てに来る生徒がいたら分別する仕事
しかし、人が来ない
ワイワイガヤガヤと盛り上がる校舎から、切り離されたような妙に静かな空間
軍手をした二人は並べられたゴミ箱、ゴミ袋のそばに立っている


純「暇ですねぇ」

悠征「そうだな」


裏庭から見える渡り廊下を笑いながらぱたぱたとかけていく生徒たち


純「みんな楽しそうですねぇ」

悠征「……そうだな」

純「…………」

悠征「…………」


暇すぎて話題が尽きるが、取り繕うように純が口を開く


純「そ、そういえば、実はそろそろ同人イベントがある時期なんですよ。悠征くんは同人イベントとか行ったことあります?」

悠征「同人イベント?」

純「自分で作った漫画やグッズを販売するイベントです!
私もエバスタ同人作家として、何回か参加してて。
今回は悠征くんのおかげでいい漫画もたくさん描けてるので楽しみなんです」

悠征「ぐっ……それって多分俺が“取材”で言ったセリフがそのまま漫画になってんだよな」

純「そうですね。前後で細かい脚色はしてますが、概ねそのまま。本人から出たセリフですから、これ以上ない解釈一致で今SNSにチラ見せで載せてるものだけでも大好評です」

悠征「そりゃ……よかったな」


るんるんの純だが、ここ最近セリフが半分本音になっている部分もある悠征としては小っ恥ずかしい複雑な気分
そこにクラスメイトの男子がゴミを捨てに来る


クラスメイトの男子「お、ちょーど星野たちのシフトか!」

純「おっ、久々の仕事〜!どう?うちのクラス繁盛してる?」

男子「あたぼーよ!繁盛すぎてマジ忙しくて、俺もさっさと帰んねぇと鬼監督にどやされる」

純「怒ってる理沙が目に浮かぶわ……」

男子「ってことだから!ゴミの片付けさんきゅーな、俺はこれで!」

純「はーい、頑張って〜」


男子が足早に帰っていく
二人のやり取りを横から見ていた悠征、男子の姿が見えなくなると口を開く


悠征「ずっと思ってたんだけどさ」

純「はい?」

悠征「なんで俺だけ敬語なの」


少し拗ねたような顔の悠征
圧倒的にタメ口で距離感近めの会話に嫉妬


純「だ、だって、推しにタメ口とか恐れ多くて……?」

悠征「推しの前にクラスメイトじゃん」

純「そうはいってもですね……」


逃げ腰の純に、軍手で触れない代わりにグイッと鼻と鼻がくっつきそうなくらい顔を近付ける悠征


悠征「シチュエーション5。敬語をやめて欲しい時」

純「えっ」

悠征「俺はもっと純との距離縮めたいのに、純は違うの?」

純「〜〜〜〜〜〜!」


こてん、と目の前の悠征の顔があざとく傾く
あまりの尊さにザザッと後ずさる純


純「ずるいです!」

悠征「ずるくて結構。返事は?」

純「わ……かった……敬語やめる……」

悠征「ん」


満足げに笑った悠征
あわあわと慌て、目を逸らして自問する純


純「お、推しにタメ口使ってる……こんな不敬許されないよ……」

悠征「不敬じゃねーよ、純は特別だし」

純「特別?」


引っかかるワードに、つい顔を上げて悠征を見る
そこには真剣な悠征の顔


悠征「俺は純の特別になりたい」



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