推しの中の人があまりにも尊い!
七話 推しの中の人
悠征「純はいつも新しい世界を見せてくれる。
俺、純のこと好きだ」
純「えっ…………」
まっすぐ純に注がれた悠征の視線と、逸らせないが揺れる純の目
夕日に照らされた純の顔が、じわじわと赤くなる
純「好き……って、あの、どういう……」
悠征「どうもこうも。
俺は純のことが、付き合いたいって意味で好きなんだよ」
純「つっ……付き合う……!?!?
でも、だって、私は永遠くんにガチ恋をしていて」
悠征「その永遠は俺だけど」
純「永遠くんは私の推しで、永遠くんは悠征くんで、悠征くんは私が好きで、えっと、あれ?いやいや、まさか推しがそんな、そんなわけ」
ぐるぐると目を回し、大混乱する純
今まで二次元にしか興味がなく、恋愛ごとに全く触れてこなかったため、純は恋愛という意味での“好き”にあまりピンときていない
そんな純を見て、悠征は諦めたように一つため息をつく
悠征「……わかってる。
純が好きなのは俺じゃなくて“永遠”なんだろ」
純「……………」
しかし、悠征はスッと距離を詰め、純のほっぺを両手で摘み
悠征「なら、俺のことも好きにさせるから」
純「えっっっ」
そう言い放つと、手を離す
悠征「この後、時間あるか」
純「こ、この後は、永遠くんの配信予定が」
悠征「そうそれ。俺の家に見に来ない?配信風景」
ピッと純の鼻の前に人差し指を立て、ニヤリと笑う悠征
“永遠の配信風景”なんてファンにとっては魅力しかない誘いを、純が断れるわけがないとわかって誘っている
◾️場面転換
悠征の家(マンションの一室)
玄関を潜り抜ける悠征と、その後ろに着いてきたが入る前に一度立ち止まる純
純(着いてきてしまった……)
本当に推しの部屋に足を踏み入れてもいいものか、葛藤している純
一歩踏み出しかけ、戻し、また踏み出しかけ、戻しを百面相で繰り返す
悠征「入んないの?」
純「お、お邪魔します……!」
しかし、なかなか入ってこない純に引き返してきた悠征に直接招き入れられ、覚悟を決めて入る
一人暮らしとして標準なワンルームの家
周りを見渡すと、シングルベッドが1つと、座れそうなクッションがある絨毯スペースにローテーブル、そして部屋の角には配信者らしく3面モニターのパソコンにマイク、様々な機材が置いてある机とゲーミングチェアが見える
部屋の壁には吸音材が貼られている
どこを見ても感じられる生活感にドキドキしつつも、抑えきれない好奇心
パソコン周辺機器がある方向を見てウズウズしている
純「すごい……!」
悠征「ふっ……いいよ、好きに見て」
純「っっっ、失礼します!」
思わず吹き出す悠征、欲に抗えない純
様々な機材にそっと近付くと、じーっと見て回る
純「これはなんの機械!?」
悠征「キャプチャーボード。ゲーム機の画面をパソコンに映すための機械」
純「これは!?」
悠征「オーディオインターフェースっていう、マイクとパソコンを繋ぐ機械。音量いじったりエフェクトかけたりね」
純「あ、たまにエコーかけてるのってもしかして」
悠征「正解。このボタン押すとエコーかかんの」
純「へぇ〜!!!すごい!ハイテク!
面白煽りエコーはこの機械の賜物なわけだ!」
悠征「普通は歌とかで使うんだけどな……」その使い方で覚えるな
(補足)(面白煽りエコー:星月が下手なゲームプレイを行った際、永遠が必要のないエコーをかけて「当たんねぇ〜!!!」などと煽る発言を行うプロレス芸のこと)
話をしながら、悠征がパソコンをつけ、ゲーミングチェアを引く
悠征「座ってみ?」
純「えっえっ、そんな貴重な経験させていただいてしまっていいんですか……!?!?!?」
おずおずとゲーミングチェアに座ると、何やら悠征が横でパソコンをいじる
するとパソコンにいつも配信で見ている永遠のLive2Dアバターが表示され、なんと純の顔の動きに合わせて動いている
純「待って……!!!!!!推しが動いて……!!!
推しの中の人体験ってマジ……!?!?やばすぎる無理」
悠征「ははは!」
ぐいんぐいんと顔を動かして連動する永遠に感動する純と、その様子を楽しそうに見る悠征
大興奮の楽しい時間が過ぎる
◾️場面転換
しばらくそうして遊んだ後、純はローテーブル前のクッションに座り、悠征はゲーミングチェアに腰掛けて純を振り返る
悠征「じゃ、配信始めるから。
声だけ出さなきゃ後は大抵誤魔化せるから、何やっててもいいよ」
純「わかった……!」
悠征はパソコンに向き直り、配信開始ボタンを押す
純は自分のスマホを取り出して、片耳だけイヤホンをつけて永遠の配信を開いた
悠征「よ、お待たせ。エバスタの永遠、今日もよろしく」
永遠『よ、お待たせ。エバスタの永遠、今日もよろしく』
目の前で悠征が喋っていることが、イヤホンから数秒遅延して聞こえてくる
その光景に感動し、思わずゴッとローテーブルに頭を打ちつける純
その音にビクリとする悠征と、『なんの音?』『なんか鈍い音しなかった?』と音が配信に乗ってしまったことがわかるコメント欄
それを見て、純が慌てて顔を上げる
悠征がチラリとこちらを確認しており、純が手を合わせてごめんのポーズを作る
純に特に怪我などがないことがわかると、若干ホッとした様子で悠征はパソコンに向き直った
悠征「あー、ごめん、俺が机に足ぶつけた音だわ。
軽くぶつけたくらいだったから誤魔化せるかと思ったのに、かっこわる」
コメント『ぶつけたんかい笑笑笑』
コメント『残念、聞こえちゃったわ』
コメント『永遠くんはいつでもかっこいいよ』
悠征「足ぶつけてもかっこいいのやばくね?
むしろ不名誉だろ」
ははは、と笑う悠征に、つい笑みが溢れる純
大好きな永遠の配信が目の前にあった
悠征「あーそう最近さ、友達とお化け屋敷に行ったんだけど。友達がマジで怖がりですげー叫んでて」
お化け屋敷、というワードで文化祭のお化け屋敷に一緒に入り、悠征の腕にしがみついていたことを思い出す純
悠征「『永遠くんホラーいけるもんね』(コメント)
まぁ、俺はだってみんなのこと守れるようにしてっから。
そう、で、その友達が怖がって走って転びかけたから守ろうとしたんだけどさ、結局俺まで一緒にこけちゃって。
したらいきなり壁だと思ってたとこが開いて、スタッフにバッチリこけてるとこ見られたんだよマジで恥ずくね?」
2人でこけた上にあやされていたところを案内係の生徒に目撃され「出口です」と言われた時を思い出す
純(…………私のことだ…………)
推しが配信で自分との思い出を語っている、その特別感に言いようのない感覚に襲われる純
悠征「そうそう、俺だってカッコ悪い時があんだよ。
だから多少カッコ悪くてもあんま蛙化現象とか言ってやんなよ」
あの時、パニックの自分を落ち着かせてくれた悠征は確かに格好良かった
純はそっとスマホでコメント欄を開き、入力する
コメント『守れるようにしてっから!?!?!!?!?』
コメント『永遠君には蛙化しないけど彼氏にはする』
コメント『一緒にこけるの可愛いwww』
隅っこ『十分かっこいいよ』
コメント『永遠くんに守ってもらえる友達そこ変われ』
悠征「『十分かっこいいよ』…………」
ピンポイントで自分のコメントが読まれ、ドキリとする純
悠征「……ふ、お前が言うならそうなのかもな。
じゃ、俺はかっこいいってことで」
純(……“お前”)
“リスナー”や“みんな”じゃなくて、“お前”
冗談めかして話を続ける悠征の後ろ姿に、スマホを向けて永遠を並べ、交互に見比べる
純(間違いなく、いつもの永遠くん。
だけど、どんな顔をして笑うのかを知ってしまった)
スマホを下ろし、イヤホンを外す純
純(永遠くんは、悠征くんだ)
コメントと笑いながら話す悠征を、部屋の隅からそっと眺めていた