ハルシャギク  禁じられた遊び

「上杉ユウト」売り出し中


 その日の夕飯のメニューはひと口チキンカツ、サラダ、ひじきの炒り煮、大根と油揚げの味噌汁だった。

 ひじきは母が常菜のように作り置きしてあるものだし、ほかのものも「たまたまあった」「(つぶしが利きそうだから)何となく買った」っぽい。多分母が、鶏肉が安いという理由でチキンカツにした程度だったろう。
 昨年、1年次に履修した「家庭一般」は「食物栄養」や「家計」「住居」などを教わっていたので、ろくに家事を手伝わない私にも、何となくそういう見当がついた。

 見るともなしにつけていたテレビでは、歌番組をやっていたから、8時は過ぎていたはずだ。
 私が部活はやっていないけれど、バイトしているので、帰宅時間が父とそんなに変わらない。
 
 歌番組は、学校で話題についていける程度にはチェックしているものの、あまり興味を持てる人もいなかった。むしろその手の情報は、母の方が詳しいくらいだ。

「あら、ユウト君ってギターも弾くのね」
「ユウト君?」
「この子最近よく見るわよ。本当は俳優だけど歌も上手で、出したレコードが評判になってて」
「へえ…」

 その日はちょっと趣向を変え、「ユウト」君が最近作ったという曲がアコースティックギターで披露された。

「タイトルは『ハルシャギク』です。幼い頃の思い出を歌にしました」

 「ユウト」こと上杉ユウトという青年は、大きな目が印象に残るが、どこか寂し気で繊細な雰囲気があり、かなり人気があるらしい。そういえば、学校の友達がちょっと話題にしていたのを思い出した。「すっごくきれいな顔してるの」などと。
 上杉という姓もカッコいいと言われているようだ。
 男女ともに人気があり、アニメ化されたコミックスに登場する主人公の双子と同じだし、戦国武将の上杉謙信なども思い起こさせるからだろうか。
 そんなとき、「東北人なら上杉鷹山(ようざん)公でしょう!」などと思ってしまう私は、何となく会話に参加できないのだが。

◇◇◇

 ハルシャギク、ユウト君――ユウちゃん?
 私の記憶の中にある「ユウちゃん」の姓は「スギモト」だが、「上杉ユウト」が本名かどうか分からない。
 名前が片仮名の時点で、選挙に出る人みたいに「漢字を開いて」いる可能性があるけど。

 そんなふうに思ってじっと顔を見ていると、大きな目や、答えにくい質問に眉根を寄せて答える表情など、どこか「ユウちゃん」をほうふつとさせるところがなくもない。が、それは「ユウちゃん」や上杉だけの特徴ではない。

 歌の内容はこんな感じだった。メロディーはどこか物悲しい。

「禁じられた場所で 雨に濡れたハルシャギク 
 両手いっぱいに持って 君に会いに行く」

 あの雨に濡れて帰った翌日、熱を出して寝込んで目を覚ましたとき、枕元のコップに一輪だけ入ったハルシャギクだった。
 次に目を覚ましたときには花はなくなっていて、祖母が「そんなものは置いていない」と強弁し、「寝ぼけていた」で片づけられたのだが。

「まだ子供だったので、花の名前を知らず、そのとき仲のよかった友達の名前で呼んでいたんです」

 上杉ユウトはハルシャギクの思い出を、そんなふうに語っていた。

「禁じられた場所って、具体的には?」
「あ――まあ、遊ぶなと言われた空き地とか、そんな感じです。そこは深く突っ込まないでください(笑)」

◇◇◇

「おはか…」
「墓がどうした?千尋」

 父が私のぼそっというつぶやきを拾い上げ、反応した。

「ううん、何でもない」

 さらに母が「禁じられた」「墓」というワードに反応して、こんな話を始めた。

「お墓といえば、『禁じられた遊び』って映画があったわよね。動物のお墓を作って遊ぶ小さな子の話」
「ああ、あったな。ギターの曲がきれいだった」
「ユウト君なら、そういうロマンチックな思い出も似合いそうね」

 動物の墓を作ることがロマンチックかどうかは分からないけれど、母によると、それはフランス映画で、とてもかわいい子役が出ていたという。雰囲気があるというか、「絵になる」感じだったらしい。

 近所の鼻つまみ者の次男坊だったユウちゃんと、友達づくりがうまくいかなかった私が出会い、墓地で「現地調達」したおやつを食べ、「あの花はお前みたいだね」と言われ、ファーストキスまで経験した。
 絵になるかは分からないけれど、結構ロマンチックといえなくもないシチュエーションだ。
 少なくとも墓地での私の記憶は、どの大人も何も上塗りできない。私と「ユウちゃん」だけのものだ。

「…この上杉って人、ちょっといいね」
「そうよねえ。明日の夜のドラマにも出るから、見てみない?」
「おいおい、明日はナイター見せてくれる約束だろう?」
「そんなのスポーツニュースで十分でしょ」
「お前はいっつもそうやって…」

 両親が平和な口論を始めたので、私は「ごちそうさま」と言って席を立ち、自室に戻った。

◇◇◇

 学校帰りのコンビニエンスストアで、男性アイドルのグラビアが多い『Pumpkin』という雑誌を買った。

 というより、創刊したばかりらしく、それまでその存在すら知らなかったのだが、表紙を物色する限り、人気俳優や男性アイドルグループの名前ばかりなので、ひょっとしたらと手に取った。「アカマル急上昇!上杉ユウト」というあおり文句もあったのだ。

 この上杉君は、本当にあの「ユウちゃん」なのだろうか?
 ハルシャギクというモチーフの選択とか、「禁じられた場所」とか、雨の中とか、妙に刺さる歌詞が多い。
 もし「偶然」という言葉を使うとしたら、「偶然、自分と同じような幼時体験のある人がいた」なのか、「偶然にもあの青年が、ユウちゃんその人だった」なのか。

 ここ10年以上、思いをくすぶらせてきた私は、どうしたって後者の方に賭けたくなるではないか。
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