ハルシャギク 禁じられた遊び
チビちゃんがせんべい食べて、春の日は…
愛宕山公園の東隣に、道1本挟んで墓地があった。
最近、あの辺りを通ることは滅多にないが、墓地はそうそうつぶされたり移転したりしないだろうから、多分まだあのままだろう。
高い石垣と石段があり、そこを上っていかないと、墓場にはたどり着かない。周りが草木で覆われ、目隠しされていた状態だったので、実は石段を登り切るまで、そこに墓地があることを知らなかった。
「チビ、平気か?」
「だいじょーぶだよ」
と言ったが、木で囲まれた石段の部分は意外と薄暗く、高さよりも、その雰囲気が何となく怖いと感じた。
「ほら、手貸せ」
「え?」
「コケ生えてっから滑る。危ないぞ」
「コケ?」
「その緑色のやつだ」
「コケっていうの?ユウちゃんは難しいこと知ってるね」
「オレは小学生だからな。チビは幼稚園だろ?」
そんな話をしながら、ユウちゃんに手を引かれた。
◇◇◇
「ここって――おはかだよね?」
「来た事あんのか?」
「ここはない」
そのとき、少し前の春彼岸に、おじいちゃんとおばあちゃんに連れられ、お線香や花を持っていったことを思い出していた。場所までは分からなかったが、「そこ」でないことだけはわかった。
「墓はいいぞ。座って休むとことかあるし…」
そう言いながらユウちゃんは、キョロキョロと見回り、ずんずん墓地内に入っていき、私もそれに続いた。
「ほら、こういうのもある」
ユウちゃんが指さしたのは、お供え物の栗饅頭だ。
彼は「いっただき~」と言いながら、むき出しの饅頭を口に入れた。
「だめだよ、そんなの!」
何がどう駄目なのかは分からないが、ユウちゃんのしていることは「してはいけないこと」なのではと本能で感じた。
お墓で走り回ると、「墓でけがすると早死にするから!」とか「罰が当たるよ」とか、おばあちゃんに注意されるし、遊ぶのも、お菓子を食べるのもいけないような気がした。
衛生上の問題云々よりも、そういう何か宗教めいた禁忌的な意味で「駄目」だと直感したのだろう。
「へーきへーき。ほら、2個あるからお前も食えよ」
「要らない!おまんじゅうキライ!」
実際私は幼い頃、和菓子類はあまり得意ではなかった。
甘党を極めし今となっては、「あんこって苦手なんだよね」と言う人の気持ちが全く分からないくらいなのだから、味覚というのは本当に年齢とともに変わるのだなと実感する。
「仕様がないな…あ、これなら食えるだろ?袋に入ったせんべいだ」
「それも駄目だよ」
「袋に入ったやつは、食ってもいいんだぞ」
「本当に?」
「オレは小学生だから、そういうことも知ってんだ」
小学生は幼稚園児の私よりも世間知があって、私はお腹が空いている。
実に都合よく利害が一致してしまった。
それにしょうゆ味のおせんべいは、当時から私の大好物だった。
「…それ、ちょうだい」
「2枚入っているから、1枚はオレのな?」
私はそう言われて反射的によほど情けない顔をしてしまったようで、「…と言いたいけど、2枚ともお前食えよ」と言って譲ってくれた。
「いいの?」
「いっぱい食べないと、チビがなおんないからな」
◇◇◇
私たちは、誰の家のお墓かも分からないところで、石でできたベンチのようなところに腰掛け、空を見上げた。
墓石には名前が彫ってあるが、漢字は数字の「一」とか「二」とか、「川」みたいな字しかまだ読めなかったので、「何て書いてあるの?」とユウちゃんに尋ねた。
2年生になったばかりだというユウちゃんも、「石」とか「上」とか簡単な字しか分からなかったようだ。
「おせんべ、おいしかった」
「兄ちゃんだったら、もっとおいしい菓子持ってんだけどなあ」
「ユウちゃんお兄ちゃんいるの?」
「そうだよ。チビは?」
「いない」
「姉ちゃんは?」
「いないよ」
「弟とか妹とかは」
「いない」
「じゃ、ヒトリッコか」
聞いたことがある言葉だったので、「うん、それ」と答えた。
きょうだいがいないと言うと、「寂しくない?」って言われることがあったけど、ユウちゃんは「おやつひとり占めだな」ってうらやましそうだった。
「お兄ちゃんはお菓子くれないの?」
「キゲンいいときはくれるけど。勝手に食べようとしたら殴られた」
「そうなんだ…」
お兄ちゃんのいる子は幼稚園にもいる。優しくて大好きだって言う子と、意地悪だという子がいるけど、ユウちゃんのお兄ちゃんは意地悪組なんだろう。
「兄ちゃんはマンビキっていうやつで、お菓子持ってくるんだ」
「マンビキって?」
「お店の人に見つかんないように持ってくるんだって。父ちゃんこづかいくれないけど、それで新しい菓子とか食ってる」
「そんなことしていいの?」
「見つかんなきゃいいんだって兄ちゃん言ってた。お前はガキだから見つかるからダメって」