ハルシャギク 禁じられた遊び
ナイショの友達
後々分かったが、ユウちゃんのお兄さんは中学生で、かなりの問題児だったようだし、お父さんは、働いていないとか、ヤクザだとか、人を殺しているとか、いろいろ不確かな悪いうわさの立っている人だった。
一度だけユウちゃんの家に行ったことがある。3人家族なのに部屋が2つしかなくて、お風呂もないって言っていた。
部屋の片隅に洗面器やお鍋が置いてあって、少しずつ水がたまっていたので、どうしてかなと思って聞いたら、
「あ、水捨てなきゃ。昨日雨降ったからな」
って言われた。
「雨?」
「天井から水が落ちてくるんだ。屋根のどっかに穴が開いてて、そっから雨が入ってきちゃうって兄ちゃんが言ってた」
私の家にも1カ所、そういうふうになる部屋があったけれど、雨が降ると入らせてもらえない。
おうちの中で雨が降ってくるなんて、ちょっと楽しそうって思っていたけど、「早く直してよ」って、おばあちゃんがお父さんやおじいちゃんにガミガ言っていた。
「いろんな音がして、結構面白いぞ」
「ふうん…」
ユウちゃんと一緒にいると、それまで聞いたことがないような話を聞き、経験をした。
◇◇◇
「音っていえば、いつも行く風呂屋のじいちゃんも、ベンベンって何か音出してるな」
「あ、チーちゃんもそれ知ってる」
私の家からも、ユウちゃんの家からも歩いて3分程度で行けるところに、「愛宕の湯」という銭湯があって、そこの番台に座っているおじいさんは、いつも三味線を弾きながら店番をしていた。私が小学2年か3年のときには、それでテレビのクイズ番組の素材になったこともあった。
うちには風呂はあったが、風呂好きだった祖母は、大きいお風呂にゆったり浸かりたいとき、よく私をそこに連れていってくれた。
「あの風呂屋、おもしれーんだよな。大きい山の絵が描いてあんの」
「え?うそだー。おうちの絵だよ。『ハイジ』とかに出てくる」
当時、テレビまんがの『アルプスの少女ハイジ』が大好きで、毎週楽しみに見ていたが、ハイジがアルムおんじのところに行く前に住んでいた街で、ああいう家がいっばい出てきたなあと思って銭湯の壁面を見ていた。
「男のと女のとで違うのかもな。オレがいつも見てるのは山のだぞ。上が白くて、下が青いやつ」
その銭湯は既に取り壊され、跡地にマンションが建ってからさらに年月が経っているので、今さら確認しようもないのだが、多分ユウちゃんの言っている「白と青の山」は富士山だったのだろう。今になって思うが、私も「銭湯で富士山」の思い出が欲しかった。
銭湯はそこのほかにも二つ三つ行ったことがあるが、全く別の絵だったり、絵など全くなかったりして、富士山なんて都市伝説ぐらいに思っていたからだ。
「ところでさ、『ハイジ』って何だ?」
「え、ユウちゃん知らないの?アルプスのお話」
「アルプス?」
そういえば、ユウちゃんの家にはテレビがなかった。
正確に言うと、あるにはあったのだが、酔っぱらったお父さんがブラウン管を固いものでたたき割った後、そのまま放置されていたようだ。
ユウちゃんが普段触れているものについてちょっと話を聞いただけで、かなりハードな生育環境が想像されるのだが、ユウちゃんはいつも(ちょっと口が悪くて)優しくて、いつも笑っていた。
◇◇◇
「チビ、あの公園によく来るのか?」
「うん、幼稚園終わってから遊びにきてる」
「ひとりで?」
「友達いないから」
「そうか。じゃ、俺が友達になってやるよ」
「ほんと?」
ユウちゃんといると楽しいし、お菓子も食べさせてくれた。
ちょっとだけお兄ちゃんだから、知らないことも教えてくれる。
ひょっとして、すごくいいお友達ができちゃったのかもしれないとうれしくなった。
家に帰ったら、ユウちゃんの話をママたちにしようと思っていたら、心を読まれたみたいにこう言われた。
「でも、オレと友達だって、家では言わない方がいいぞ?」
「え、何で?」
「オレたちはハナツマミものだからって、父ちゃんが言ってたから」
「ハナ…ツマミ?」
花?それにつまみって、パパがお酒を飲むときに食べるもの?
分からない言葉を言われたので、意味を尋ねたら、
「オレもわかんないけど、とにかくダメだ。じゃないと、もう遊ばない」
「…わかった。言わない」
その日からユウちゃんは、私のナイショの友達になった。