ハルシャギク 禁じられた遊び
優等生アオイと仲間たち
ナイショの友達というのは、子供心にドキドキ、ワクワク――そしてモヤモヤするものだった。
ユウちゃんと遊んでいるときは本当に楽しいけれど、愛宕山公園には、「家は近所だが特に親しくない子」たちもたくさん遊びに来ている。
そういう子たちが気まぐれに、「ちーちゃん、一緒に遊ぼう」と声をかけてくることがあった。
たぶん幼稚園で「仲間外れはいけません」「みんな仲よく」的なスローガンを吹き込まれた日に、そういうことを言っていたんだと思う。
私も幼稚園こそ違えど、同じようなことをときどき言われたし、そういう日だけは、「取りこぼしなく遊ばなくちゃ」と考えて声をかけまくる女の子が必ずいた。
大抵、私と同じ年のアオイちゃん、たしか一つ年下だったキミちゃとシズカちゃん、時々そこに、シズカちゃんの妹でまだ小さなアカリちゃんが一緒だった。
アオイちゃんはその中では一番お姉さんだったし、界隈ではしっかり者で評判だったので、声をかけてくるのは大抵アオイちゃんだった。
いつものように砂場でケーキを作っていると、
「そんなのつまんない。ボール遊びしようよ」と言いながら、私の手を引っ張った。
私は押しの強いタイプに卑屈になりやすいところがあったので、「ボール遊びなんて、何が面白いの?」と思いつつ、アオイちゃんに手を引かれるままになった。
◇◇◇
あえて言うまでもなさそうだけど、私はアオイちゃんが苦手だった。
オトナになった今だからこその語彙力を駆使して説明すると、「独善的だから」だったのだが、大人というのは自分の子供が優等生と遊ぶのを喜ぶ。
実際家に帰ってから、「今日はアオイちゃんと遊んだ」と言うと、「ああいう子と遊ぶのは、とてもいいことだ」と言われた。
一緒に遊ぶ友達なんて、「楽しいから」「面白いから」じゃダメなのかな。
確かに、万引き常習の兄弟がいるとか、墓地でお菓子を食べるとかという、しかも異性の子が自分の子供と遊んでいたら、親としては警戒するに決まっている。それが「理屈」というものだ。
でも、当時の私にはそんな理屈は理解できなかった。
ユウちゃんは、私の作ったケーキをむしゃむしゃ食べてくれて、面白い話をしてくれて、多分いつもお腹を空かせていたけれど、おやつも分けてくれた。そしていろんな音がする面白い家に住んでいる。それが当時の私にとってのユウちゃんという男の子に関するデータで、だからユウちゃんと遊ぶのが楽しいと思った。
アオイちゃんはお父さんが大学の先生らしいし、幼稚園児なのに既に漢字がいっぱい読めた(らしい)。体が大きくて顔もかわいい(と言われていた)。
私の幼稚園では、学芸会でやる「シンデレラ」のキャストが発表になったばかりだったんだけど、私はネズミの役だった。シンデレラに選ばれたのは、アオイちゃんみたいに背が高くて顔がかわいい(と言われていた)子だったから、もしアオイちゃんがうちの幼稚園だったら、シンデレラだったのかなあ、なんて思った。
しかし私は、シンデレラになるような子と遊びたいとは思っていなかった。
何しろひとり遊びの方が気楽、なんて、幼稚園児の分際で漠然と考えていたほどだから、みんなが「いい」と言うものに惹かれなかったというのは大いにある。
何より、何か言ったり動いたりするたび、アオイちゃんに「そういうのはダメなんだよ!」「それはバカな子のすることだよ!」みたいに怒鳴りつけられるのが嫌で嫌で仕方なかった。
ワンランク上の「よい子」だったら、もっと優しく注意したり、やんわりといい方に導いたりできるんだろうけれど、アオイちゃんはやたらと攻撃的だった。今にして思うと、優等生としてはかなり粗削りだったのだろう。
ボール遊びをしていても、案の定の扱いだった。
「ちーちゃん、へたー」
「ちーちゃんはシズカちゃんになげるんだよー」
「へんななげかたしてるー」
シズカちゃんに投げる、みたいなお約束的なのは、普段から一緒に遊んでいれば、自ずと理解したのかもしれないが、楽しいケーキ作りを邪魔され、強引に引っ張ってこられた身には「知らんがな」って話である。
活発とはいえない私は、ボール投げのフォームは多分おかしかったろうが、子供は基本的に残酷なので、変だと思ったものは忌憚なく笑う。
それにつられてキミちゃんやシズカちゃんも笑うし、「お姉ちゃんが笑っている」という理由で小さなアカリちゃんも笑う。結果、私1人がしょげた顔になる。こういう空気の中での遊びが「楽しい」と思えるようなマニアックな感覚は、残念ながら私にはなかった。
(こんなのいやだなあ。お砂場で遊びたい。おうちに帰りたい…)
でも、それを実行すると、「わがままな子」のレッテルを張られ、全員から非難されるのがコドモ界のおきてだ。楽しくはないが、みんなが飽きるまで付き合うしかない。
◇◇◇
(あ、ユウちゃんだ)
ふうふう言いながら、楽しくないボール遊びに興じていると、目の端に見覚えのあるフォルムが飛び込んできた。
ユウちゃんはこっちをじっと見ているが、話しかけてこない。
ナイショの友達って言ってたんだから、当たり前か。
そして私がボール遊びをしているのを確認すると、くるっと踵を返して去っていこうとした。
(行かないで!)
私は何も考えず、砂場に置いたままのシャベルや粉ふるいのことも忘れ、ユウちゃんの後を追うために、ボール遊びの輪から外れた。
「ちーちゃん、どこ行くの?」
「ごめーん、急用」
私はドラマの中でオトナの人が使っていた言葉を、意味も分からず使ってみた。
後で何か言われるかもしれないし、もう遊んでくれないかもしれないけれど、そんなことはどうでもよかった。
(というよりも、楽しくないことは分かっていても、誘われると少しうれしいという気持ちもあったので、我ながら面倒くさい子供だった)
「ユウちゃん!」
私はたまらずユウちゃんを追いかけ、服をつかんだ。
「…引っ張んなよ。お前友達いるじゃん」
「トモダチじゃないもん。みんな意地悪!大嫌い!」
「そうか。じゃ、またおやつ食おうか?」
「うん!」
オトナ脳で冷静に考えると、いろいろアウトな行為だが、当時の私には、これがゆるぎない「正解」だったのだ。
◇◇◇
ちなみに、その日帰宅してから叱られたのは、「砂場におもちゃを置いてきてしまった」という理由による。それも「ちいは仕方ないなあ」と言いつつ、おじいちゃんが取りに行ってくれた。