ハルシャギク  禁じられた遊び

お見舞い ユウ視点


 今日はすげえ晴れてたのに、チビが公園に来なかった。

 いつもあえるわけじゃないけど、ここのところ毎日会ってたから、やっぱ会いたいなあって思った。

 気になってチビの家の前まで行った。
 優しそうなおじいちゃんが、庭でなんかしてる。

 前、兄ちゃんが学校のやつとけんかしたとき、父ちゃんが「カタギの連中に手出すなよ」って言ってたから、「カタギって何だ?」って兄ちゃんに聞いたら、「毎日風呂入って、飯食って、マンビキしなくてもおやつが食えて、母ちゃんもいるやつのことだ」って言ってた。
 たぶんチビは、「カタギ」なんだろうな。
 昨日チュウしたとき、髪がいいにおいしたし、いつもキレイな服着てる。
 カタギだと、男でも父ちゃんみたいにおっかなくない。あのじいちゃんみたいに優しい顔になるんだろう。

 じいちゃんが俺に気づいて「坊や、何か用か?」って俺に聞いてきた。
 俺に「坊や」なんて言う人、あんまいないから、びっくりした。

「あ…の…。チビ――ちひろは…」
「ちいはね、熱出して寝てるんだよ」
「えっ…」
「昨日雨に濡れたらしくてね。体が弱いわけじゃないんだけど、熱出しやすい子だから。まあ、今日1日寝てれば…」

 俺はじいちゃんの話を全部聞かないで走り出した。
 チビの熱は、俺のせいだ。
 雨に濡れたって言ってたもんな。

 俺はイシャじゃないから、チビの熱を下げるとか無理だけど、こういうときってどうするんだっけ?

 そうだ、ミマイだ。
 ミマイって何すんだっけ?
 ケーキとか、メロンとか――そんなもん買う金ないし、墓場にもそんなの置いてない。
 あと花か。花なら墓場にいっぱいあるじゃん!

◇◇◇

 俺はいつもチビと遊んでる墓に戻って、「チヒロ」をいっぱい摘んだ。
 欲張って両手に持てるだけ摘んだ。
 それでも「チヒロ」はまだいっぱい生えてるし、大丈夫だろう。
 手も靴も泥だらけだから、服もどろどろになった。
 父ちゃんに怒られるし、殴られるかもしれないけど、そんなのどうでもよかった。
 
 手がふさがってっから階段下りるとき怖かったし、思いきり走っていくこともできなかったけど、早くチビにこの花を届けたい。きっと喜んで、元気になってくれるだろう。

 そう思ってまたチビの家の前に行ったら、あの優しそうなじいちゃんはいなくて、ばあちゃんみたいな人が家に入るところだった。

「あの…」
「え?」

 振り返って俺を見たばあちゃんは、じいちゃんみたいに優しくなくて、「あんた誰?」って聞いた。

「あの…ちひろにこれ…」
「ハルシャギク?」
 俺はそのとき初めて花の名前を知った。
 俺だけが「チヒロ」って呼んでる花。

「あんたひょっとして――ユウって子?」
「え――うん」
 そうしたら、ばあちゃんがすごい怖い顔になった。
「何しに来た?ちいが熱出したのはあんたのせいだよ。墓場で妙なもん食わせたのもあんただろ?」
「え、おれオミマイに…あの…」
「うるさいね。何だい、こんなもん!」

 ばあちゃんは俺から「チヒロ」を横取りして、地面にたたきつけた。
 俺はびっくりして、そのあとムカっとして言っちまった。

「チヒロに何すんだ、クソババァ!」
「何て口きくの!わけわかんないこと言ってないで帰りな。もう二度とちいに近づくんじゃないよ!」

 父ちゃんはいつも、「男は泣くな」って言うけど、俺はそのとき、悔しくても涙が出ることを知った。
 泣きながら、意地悪ババアにかかっていったら、家からあの優しそうなじいちゃんが出てきた。

「どうしたんだ?騒々しい」
「あんた、この子だよ、昨日ちいと一緒だったって子」
「あれ?ハルシャギクか。坊やが持ってきてくれたの?」

 やっぱりこのじいちゃんは話せる人だと思った。

「チ…ヒロに。オミマイです」
「ありがとうね。ちいに見せたら喜ぶよ」
「やめなよ。どうせ墓場で摘んだんだろ?こんな雑草、縁起でもない」
「お前…いつも言ってるだろ。雑草って草はないんだ」
「そんなこと、こんなときにどうでもいい!」

 正直2人が何を言っているのは分からないけど、何となくじいちゃんの言っていることが正しい気がした。

 おれはじいちゃんに向かって、「ちいに会わせてください」ってもう一度言った。
 俺だって、大人にどういう口きいたらいいかくらい知ってる。
 でも、話も聞かないで追い返そうとする意地悪ババアには、「クソババア」でいい。

「ごめんね。まだぐっすり寝てるんだ。また後でね」
「もう来んな来んな」

 じいちゃんとクソババアがてんでに俺に言った。

 そうだ。熱が下がればまた遊べるんだ。
 いつもの墓でおやつ食べて、花を見て、空を見て話す。
 明日になったらまた会えるかもしれない。
 俺は気を取り直して、「じいちゃん、ありがとう」と「もう来ねえよ、クソババア」を続けて言って、走って帰った。
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