ハルシャギク  禁じられた遊び

ゆめうつつ 千尋視点


 ユウちゃんに見送られて家に帰り着いた私は、次の日の朝、熱を出して幼稚園を休んだ。

 私は小さい頃、よく熱を出した。
 「扁桃腺が大きいからかな…」ってお医者さんが言っていたらしい。
 
 私が体調を崩すと、おばあちゃんが「まったく病弱(よわっかし)なんだから…」とか「野菜食べないからだよ!」ってブツブツ言っているのを聞くのが嫌だった。
 にんじんがちょっと嫌いなだけで、あとは頑張って食べてるのに、体調崩すたびに言わなくたっていいのに――と思っていた。

 母も外で働いていたけれど、そうできるのはおばあちゃんのおかげだから、お世話になっているからって、文句も言えないらしい。
 「ちょっと口うるさいけど、優しい人なんだよ」「ちいを心配しているんだよ」って言っていたけど、大人になって考えてみると、母は明らかに「あのおばあちゃんの口うるささに辟易して」外勤めをしていたような気がしてならない。
 大人になって振り返ると、悪い人じゃなく、ただただ心配性だったんだろうって思えるけど、当時は「どうしてじいちゃんみたいに優しくないんだろう」って、不満ばかり抱いていた。

◇◇◇

 熱が出ると、天井がぐるぐる回っているのを感じた。
 こういうときは、夢と(うつつ)の境界が曖昧になる。

 いったん目が覚めたとき、枕元のコップに黄色い話が挿してあって、「あ、チヒロだ…」って思ったんだけど、まだ頭が重いから、ぼんやり眺めていたら、次に起きたときにはなかった。

 ぐにゃっとしたお墓の石段を、ユウちゃんと手をつないで、いつまでも歩いていた。
 ユウちゃんが、「おやつが全然ない!腹減った!」って、あの黄色い花を食べ始めて、「チヒロはうまいなあ」って言うから、ユウちゃんが私のことを食べているみたいで怖くなって、一緒に公園のお砂場でケーキ作ろうって言った。

 そこで「サヤマしずくあめ」の話をしてた。
 私はレモン味が好きなんだけど、サヤマ缶に入っているレモンは白っぽい。だから色だけ見て間違えてハッカ味を食べちゃって、「辛い!」って言いながら缶に戻したら、おばあちゃんにすごく怒られた。

 ユウちゃんは「サヤマってのを知らない」って言ったから、ダイマツ商店にあるよって教えた。
 野菜とお菓子とお惣菜を売っている店で、私はよくおばあちゃんの買い物についていっていた。

 ユウちゃんは次の日、新品のサヤマ缶をそのまま封も切らないで持ってきた。
 そしてお砂場ケーキの上に、イチゴ味とオレンジ味のあめを並べようとした。
 「こうするともっとキレイでうまそうだろう?」って言った。
 ユウちゃんがお墓じゃないところからお菓子を持ってくるのは珍しいので、「それどうしたの?」って聞いたら、「ダイマツでマンビキした」って答えた。

◇◇◇

「ユウちゃん、ドロボーはだめだよ!」

 私は夢と現の際のところで、そう叫びながら夢から覚めた――みたいだ。

 私は前におじいちゃんに「マンビキってなあに?」って聞いた。
 おじいちゃんなら何でも親切に教えてくれるし、私がどうしても理解できないことは、「まだちいには早いってことだ。大人になったら分かるよ」って言われる。

 おじいちゃんが説明してくれたから、マンビキはドロボーで、ハンザイで、やっちゃいけないことだって知った。

 ユウちゃんのお兄ちゃんはマンビキするし、ユウちゃんを殴るから、やっぱりよくない人なんだろう。
 ユウちゃんは、そんなことしないといいなって思ってた。
 チビだから、見つかるからじゃない。「やっちゃいけないこと」だからダメなんだって教えてあげなきゃ。
 ユウちゃんはすぐ「俺は小学生だから」って偉そうに言うけど、幼稚園児の方が小学生より知っていることだってあるはずだ。
 ドロボーはケイサツにつかまって、ロウヤに入れられる。そうしたら遊べなくなっちゃうんだよって教えてあげたら、ユウちゃんはきっとマンビキなんかしないと思う。

◇◇◇

 おじいちゃんに枕元の花のことを聞こうとしたら、「それなら…」って教えてくれようとしたのに、おばあちゃんが、「あんた、庭のホースさっさと片づけなよ!」って、話を邪魔するみたいに怒鳴った。
 おばあちゃんに聞いたら「夢でも見たんだろ?花ないて置いてない」って言われた。
 確かにちょっと寝ぼけてたかもしれないけど、あの花を私が見間違うはずがない。
 だってユウちゃんが私の名前を付けて呼んでくれたんだから。

◇◇◇

 熱が下がったら、またユウちゃんと遊んで、マンビキはダメとか、枕元の「チヒロ」とか、そういう話をしよう――と思っていたのに、幼稚園から帰ったら、「おばあちゃんと遊ぼう」って引き留められた。
 公園に行きたいっていったら、愛宕山より少し遠くて、あんまり遊ぶところのない小さい公園に連れていかれて、しかもおばあちゃんは、そこで会った人とずっとしゃべっていて、つまんなかった。

 どうして愛宕山公園に連れていってくれないのかと聞いたら、「あそこはもう行っちゃダメだ」の一本やりだった。
 「行きたーい。遊びたいー」って少し騒いだら、「分かんない子だね。あんたはあそこで悪いやつに誘拐(ユーカイ)されたんだよ?」と言われた。

 ユーカイなら、ドラマで見て知ってる。
 お金持ちの子供とかが、後ろから大人の人にハンカチで口をふさがれて(**下記注)、ぐたっとして、どこかに連れていかれて、最後におうちに戻ったり、本当のお母さんに会えたりするんだ。
 でも、私は別にお金持ちの子じゃない。
 だから「ユーカイなんてうそだー」って言ったんだけど、おばあちゃんに「大人はうそつかないよ!」って怒鳴られて、ちょっと怖くなった。

 でも、絶対おばあちゃんの言うことはデタラメだと思う。
 私は絶対、絶対、断固としてごまかされない!

 だって「ユウちゃんに会いたい。会いたいよ」って、熱が下がって目が覚めたときからずっと思ってて、あの恥ずかしそうな笑い顔だって頭にうかぶもん。
 それにユーカイ犯人が来たって、ユウちゃんならやっつけてくれるもん。

「ヨメさんは俺のそばでご飯つくって、いつもニコニコしててくれるんだ。だから俺はヨメさんを守るんだ」

 後半は言われた覚えのない言葉のはずなのに、ユウちゃんならきっとそう言うだろうって、簡単に脳内変換されたのだ。



**
昔のドラマにありがちなシーン。
布にエチルエーテルをしみこませたもので口と鼻をふさぎ、気絶させて連れ去るというのがお決まりでした。
実際、エーテルの効果が出るのは時間がかかるので、瞬時に気絶することはないようです。

2010年代にも、干物の行商人を装った人物に、においをかがされたりすることでエーテルを吸入し、意識を失わされ、そのすきに金品を奪われる「エチルエーテル犯罪」というのがチェーンメールで出回りました。
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