死神×少女
コランが両手を前に出すと、ポンっという音と共に、その手の中に刃先が三つに分かれた長い槍が出現した。
死神の『鎌』に対し、この『槍』こそが悪魔の武器(アイテム)なのだろう。
コランが子供な事もあり、大人の丈ほどある長い槍を持った姿はどこかアンバランスで、迫力というよりは愛嬌を感じる。
コランはその槍の刃先を亜矢に向けた。

「いくぞっ、『死者蘇生』!!……えいっ!!」

その掛け声と共に、槍の先にエネルギーが光の球となって発生し、放たれた。
だが。

「そんな事したら………ダメだよ!!」

リョウが叫ぶ。その時にはすでに遅かった。
コランの放ったエネルギーは亜矢に届く事なく、その場に留まっている。
発動する事のないそのエネルギーは雷のようなものを纏い、増幅し続け、今にも破裂しそうだった。

「えっ!?な、なんだこれっ…!?」

コランは槍を構えたまま自分の放ったエネルギーを抑えきれなくなり、吹き飛ばされそうになる自分の身体を支えようと必死に両足で踏ん張る。

「コランくんっ!?」

何が起こったのかも分からずに亜矢は叫ぶが、どうする事も出来ない。

「ちぃっ……あのバカがっ!!」

グリアは、その手に死神の鎌を出現させると、素早く構えた。
そして、大きく鎌を振ると、そのエネルギーの球体の中心から斬り裂いた。

「………消えなぁっ!!」

グリアがその腕に力をこめる。そうしているうちに球体はいくつもの光の筋となり、やがて空中へ分散して飛び散っていった。
コランは呆然と正面に視線を向けたままの状態で膝からガクっと力が抜け、床に座りこんだ。

「コランくんっ!大丈夫!?」

亜矢がコランの元へと駆け寄り、その小さな体を抱く。
コランは瞼を半分閉じ、弱々しく亜矢の顔を見返す。

「失敗…しちゃった…。アヤの願い、叶えられなかった………」
「コランくん…!」

亜矢が目を潤ませていると、背後からグリアの声が響く。

「『魂の器』が禁忌の儀式って知ってんだろ?それに反発しようとする力は全て弾き返される。悪魔のガキにどうこう出来るモンじゃねえよ、バカが」

いつも以上に冷たい言い回しに、亜矢は振り向く事なく顔を伏せた。

「亜矢ちゃんの気持ちは分かるよ。でも、ちょっとそれは無理があったね」

リョウは優しい口調で言うが、どこかその言葉に重みがある。

「なんか…疲れた…。アヤの傍は居心地いい……な………」

コランは力の入らない腕で亜矢の身体にギュっと抱きつくと、小さく微笑んだ。
そしてそのまま、瞳を閉じると小さな呼吸を繰り返す。

「あ、あれ…?コランくん、寝ちゃったわ」

リョウが亜矢の側に寄り、ニッコリと微笑む。

「無理な力を放出したせいで疲れたんだよ。悪魔は、こうやって睡眠しながらすぐ側にいる人間の生命力を吸収して自己回復するんだ」

「そ、そうなの……」

その、小悪魔の無邪気な寝顔を眺めつつも、素直に笑えない亜矢だった。
つまり今、コランは亜矢の生命力を吸収しつつ、眠っているのだ。
特別な心臓を持つ亜矢にはそれに対して何の影響も受けないが、普通の人間ならそれは死に至る行為なのだ。
『亜矢の傍が居心地いい』とコランが言ったのは、人並み以上の生命力を持つ亜矢だったからだろう。

「おい、亜矢。ちょっと来い」

グリアが亜矢の腕を掴み、軽く引張った。
亜矢は顔だけをグリアの方に向け、彼に無言で返す。
思ったよりも真剣味を帯びた彼の瞳。
グリアはどうやら、亜矢と二人で話をしたいらしい。彼の視線からそう悟った。
だが、亜矢は彼女らしくなく瞳をそらし、困惑の表情を浮かべた。

「………でも………」

亜矢は自分の膝元で眠るコランを見つめながら、思った。
自分が無理なお願いをしたせいで、コランはこんな目に合ってしまった。
結局、自分の事しか考えていないのは………自分自身だった。

「大丈夫だよ、亜矢ちゃん」

リョウの穏やかな口調に、亜矢は静かに顔を上げる。

「コランくんをベッドに寝かせておいてあげればいいんだよね?大丈夫、任せて」

それは、亜矢の心を見抜いているのか、気遣いなのか。

「ありがとう。……お願いするわ」

心の底からそう思い、亜矢はそっとコランの体をリョウに預けた。
そうして、グリアと亜矢は部屋を出て行った。
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