死神×少女
亜矢が自分の住むマンションのすぐ近くまで辿り着くと、前方からパタパタと走って来る小さな誰かに気が付いた。

「アヤ、お帰り〜〜〜!!」

亜矢の帰りを待ちわびたコランは、外まで亜矢を出迎えに来たのだ。
満面の笑顔で、コランは亜矢の所に駆け寄るなり、おもいっきり抱きついた。
コランの小さな身長からして、ちょうど亜矢の腰下あたりに抱きつく形になる。

「コランくん、ただいま。迎えに来てくれたの?」
「うん!だって、早くアヤに会いたかったんだ!」

息切れしながらも嬉しそうにして亜矢を見上げるコラン。
亜矢が学校に行ってる間、コランは部屋で1人きりなのだ。
ゲームをしたり、テレビを見たり、1人で時間を過ごす方法はいくらでもあるが。
それでもコランにとって、亜矢と一緒にいる時間が何よりも心地よいのだ。

「なあなあ!早く帰って一緒に遊ぼうぜ!アレ教えてくれ、トランプっていうカードのゲーム!!」

はしゃぐコランの前で、亜矢は微笑み返しつつ答える。

「うん。でも、夕飯の支度と後片付け、それと宿題が終わってからね?」
「え〜〜〜〜!!」

コランは不満そうに頬を膨らませた。
だが、そこまで聞き分けの悪い子ではない。
亜矢がさり気なく片手を差し出すと、すぐに嬉しそうな顔をしてその手を握る。
そうして手を繋ぎながら歩き出すと、マンションの入り口の前に、1人の男性が立っているのが見えた。
その人は何を思うのか、マンションをじっと見上げている。
亜矢が不思議に思ったのはその人の行動ではなく、容姿の方だった。
グリアやコランとは少し雰囲気の違うブルーグリーンの髪、白い肌。整った顔立ち。
年齢は推測出来ないが、大人っぽさからして亜矢よりいくつか上だろうか。
一見、女性と見間違えそうな雰囲気の彼の横顔は、不思議なくらい綺麗だった。

「誰かしら、あの人?」

2人がマンションに近付くにつれ、彼が気配を感じてこちらに視線を向けた。
彼が視線を向けたのは、亜矢ではなくコランの方だった。

「王子サマッ!!」

そう叫ぶなり、彼は亜矢とコランの方へと駆け寄る。
そして、コランも彼の姿に気付くなり、驚きに声を上げる。

「ディアッ!!」

え?と、亜矢はコランを見下ろす。

「コランくん、あの人と知り合いなの?」

それにしても、その名前からして彼は外国人なのだろうか?
それに今、コランの事を『王子サマ』って呼んでいたような?
疑問ばかり浮かべる亜矢だったが、彼はコランの方に目的があるようだった。

「捜しました、王子サマ。長い事魔界へとお帰りになられないものですから」

コランは、表情にちょっと暗い影を見せた。この子にしては珍しい。

「……兄ちゃんの命令で来たのか?」
「魔王サマだけじゃありません。私も心配していたのですよ」

クールそうな外見とは逆に、ディアという人は優しい口調で言う。

「えっと、コランくん、この人とは……どういう関係なの?」

王子だとか、魔王だとか。亜矢が訳も分からずにいると、コランはひょいっと亜矢の正面に向かい合う形で立った。

「人じゃないぜ、魔獣ディアだ!」

誇らし気にディアの前に立ち、亜矢に紹介する。

「魔獣!?…って、どう見ても彼は人間だけど?」
「ディアの本当の姿は、すっげーーーでっかい魔獣なんだぜ!」

コランは両腕をいっぱいに広げ、その大きさを表現しようとする。
つまり、今のこの姿は『仮の姿』であって、本来は魔獣である、と—。
悲しくもこういう事に順応している亜矢は、頭でそう整理しつつ。

「あと、コランくんが『王子サマ』ってどういう事?」

するとコランは、堂々と自慢げな笑顔を向ける。

「オレの兄ちゃん、魔王なんだ!」
「えっ!?」

さすがの亜矢も、これには言葉を失い、呆気に取られている。
コランには魔王の兄がいて、それでコランは魔界の王子サマで…。
さすがにここまで来ると、想像の範囲を超えている。
コランはクルっとディアの方を向くと、今度は亜矢の事を彼に紹介する。

「この姉ちゃんがアヤだ!オレの初めての契約者!」

ディアは、亜矢の方に静かに視線を向ける。

「そうですか…あなたが、王子サマの契約者」

ディアは亜矢に近付くと、その高い身長を少し屈めた。

「私は魔界の王と王子に仕える魔獣・ディアと申します」
「は、春野亜矢です…」

戸惑いながらも亜矢は、その礼儀正しい魔獣に向かって自らも名乗る。

「でも、ディアはオレの家族みたいなモンなんだ!」

コランが付け加える。

「亜矢サマ、もう少しだけ王子サマの事をよろしくお願いします」

そう言ってディアは深く頭を下げる。

「えっ!?あっ、はい…!!」

つられて、何故か亜矢も慌てて頭を下げる。

「…では、今日はこれで失礼します」

ディアは2人に背中を向けて、ゆっくりと歩き出す。
亜矢は呆然としていたが、コランがふいに亜矢の片手を握った。
亜矢がその感触にハっとして、コランの方を見る。
コランは少し顔を俯かせ、唇を噛み締めている。
その小さな体から、何かとても大きな悲しみのような、何かの感情が溢れているようだ。
亜矢は言葉をかける事も出来ないまま、ただその小さな手を握り返してやった。
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