死神×少女
場所は変わって、天界。
その日、リョウは天界の王に呼ばれ、王の間へと謁見する事になった。
天界の王、すなわち『天王』。
普通の階級の天使なら天王の間に入る事すら出来ないのだが、リョウは天王の直属の天使であり、さらに天王に一目置かれている特別階級の天使だった。
リョウが慎み深い態度で王の間へと入り、目の前の王座に座る天王の前で軽く頭を下げる。
天王は薄い布の幕の向こう側の王座に座っており、こちらからはシルエットのみしか見る事は出来ない。

「面を上げよ、リョウ」

透き通った、耳によく通る声だった。
男性の大人の声にしては高く、どちらかと言えば女性の声質に近い。
リョウは顔を上げ、目の前のシルエットを見る。

「お前に、新たな使命を与える。心して聞くがいい」

そうして、天界の王がリョウに告げた命令とは——。
耳を疑うようなものだった。
王の前にも関わらず、リョウはその衝撃から目の前が真白になる感覚を覚えた。

「そ、そんな…………」

リョウの口から、独り言のように言葉が小さく漏れる。
そんなリョウの動揺すら、天王にとっては筋書きの1つにしか過ぎない。
リョウがどのような反応をし、どのような返答をするかさえ、すでに承知の上での事。
少しでもリョウの心に隙間が出来れば、それでいいのだ。
リョウは再び顔を深く伏せる。

「それだけは……」

リョウは、握りしめた自分の拳に、さらに強く力をこめる。

「それだけは…………従えません………」

やっとの思いで、リョウの口から出された言葉。
天使にとってその発言は、天王に対する反逆と受け止められ、重罪に値する。
それを口にする事で自分がどういう処罰を受けるのかを、リョウは分かっている。
それを知っててなお、リョウは従えないという意志を見せた。
だが、カーテンの向こうの天王は変わらず穏やかな口調で言葉を続ける。

「優秀なる天使、リョウ。普段のお前の着実な任務の遂行、聡明な頭脳。だが、そんなお前にただ1つだけ足りない物がある」

天王は王座から静かに立った。
それを合図に、薄い幕はまるで舞台上のように両側へと幕開けし、壇上の上には天王がリョウを見下ろすようにして立っていた。

「それは、忠誠心だ」

アクアブルーの長い髪。穏やかそうだが、どこか不思議な冷たさと鋭さを交えた瞳。
まさに神々しいとも言える出で立ちの天王の姿。
だが、リョウは顔を伏せたままで、その天王の姿を目に映してはいない。
天王は静かな足取りで壇上から降り、リョウの前へと自らが歩む。

「天使、リョウ。私はお前を失いたくはない」

リョウはその時になってやっと、ハっと顔を上げる。
まさか、天王が直々に目の前に立つなんて、と驚きの目で見上げた瞬間。
差し出された天王の人さし指が、そっとリョウの額に触れた。
その感触をリョウが自らで認識する前に、

ピリッ!!

触れた指の先から一瞬、細く小さな青白い電流のようなものが発生した。

「うぁっ…!?」

放たれたその電流はリョウの額から脳へと直接伝わっていき、その衝撃に驚いたリョウは声を上げてガクっと床に膝をついた。
リョウは自分の額を片手で覆う。
額には、エメラルドグリーンの光りを放つ紋章が浮かんでいた。
円形の中に、六芒星に似た形に線を描く、その紋章。

「今、お前に呪縛を施した」

天王は冷たくリョウを見下す。だが口調は穏やかだ。

「くっ……ぁ…!」

リョウは床に片手をつく。
その呪縛は、リョウに計り知れない苦痛を与えた。
脳内を直接、何かの力で締め付けられ……全ての『自我』を封じられ、破壊されていくような衝動。

「その呪縛はお前に苦痛を与える為のものではない。では何故、そんなに苦しいか分かるか?リョウよ」

薄れ行く意識の中、リョウの聴覚には天王の言葉のみが響く。
その呪縛は、『魂の器』の儀式と同じく、禁忌とされた術の1つ。

「私への反抗心・逆らいの意志がある限り、その呪縛はお前に苦痛を伴わせ、その羽根を黒に染めていく」

そして、その純白の羽根が完全に黒に染まった時こそ、リョウは完全に天王に心を支配される。
反抗心や自我すらも失われ、ただ主の命令にのみ従い、動く下僕となる。
だが、その呪縛は何もせずとも365日の月日をかけて、少しずつリョウの羽根を黒く染め続け、心を侵食していく。
リョウは天王に従おうとも逆らおうとも、いずれは呪縛に心を飲み込まれる。

「な……ぜ……こんな……う、ぐ……ぁあっ!!」

リョウが少しでも疑問を浮かべる度に。
その呪縛は心と意識を切り刻む刃となり、脳内を破壊し、奥深くへと進行していく。
フっと、リョウの意識が途切れ、全身から力が抜け、床に倒れ伏せた。

「連れて行け」

天王のその言葉を合図に、王座の両脇で控えていた側近の天使が2人、リョウの側に寄り、彼の肩を両側から支え、王の間から退室した。
< 50 / 62 >

この作品をシェア

pagetop