俺様CEOの子どもを出産したのは極秘です
1 はじめての出会い
二階堂商事の秘書課にて。
今年新入社員として採用された梅小路桃花は、今日もデスクでPC画面とにらめっこしていた。
気づけばもう夕方、終業時刻の十七時を迎えている。
高層ビルの窓から西陽が差しはじめており、頬に熱を感じた。
現在特定の人物の秘書を務めていないため、経理部の手伝いを務めたりして日々を過ごしている。
今日のノルマの案件は仕上げてしまっていたので、もう本日の仕事は終了だ。
桃花が颯爽と席を立つと、ちょうど背後から声がかかった。
「ああ、今日も早いですね、梅小路さん」
桃花に声をかけてくれたのは、竹芝清十郎部長。
三十五歳と若くして出世している将来有望な青年だ。
柔和な表情の持ち主であり、眼鏡がよく似合っている。中肉中背の身体つきに、きっちりとスーツを着こなしていた。
物腰も穏やかそのもので、社内の大人しめの女子たちからも密かに人気だった。
「竹芝部長に褒められるなんて嬉しいです」
「いいえ、事実を述べたまでなので」
桃花は仕事をテキパキとこなす。そのため、他の新入社員たちよりも覚えが良いと言われたのだが、それが仇になってしまったようで、「可愛い名前だけど冷徹な女性秘書」という不本意なあだ名をつけられている。あげく、他の女性社員たちとは距離ができてしまった。
(本当は皆と仲良くなりたかったのに……)
とはいえ、時間内に他の女性達の手伝いをできることは全てこなした。
あとは個人でどうにかする仕事しか残っていないため、桃花の出る幕はないのだ。
今日も定時退社できる。
彼女は、デスクのPCの整理整頓をおこなった後、席を立った。そうして、荷物を抱えると、皆に終業の挨拶をしてから退社することにした。
廊下に出るなり、扉の向こうで、ひそひそと同僚女性たちが陰口を叩いているのが聴こえてくる。
「梅小路さん、私たちよりもちょっと仕事が早いだけで、本当に不愛想よね」
「いくら仕事ができてもさ、私たちみたいに華がないのは、ちょっとね」
「桃花だなんて、本人の性格とはそぐわない可愛い名前、親御さんの顔が見たいわね」
クスクスと嘲笑しているのが聴こえた。
胃の奥深くに何か嫌な滓のようなものが溜まるような感覚があった。
だけど、相手の嫌味を気にしたって意味がない。それで仕事ができるようになるわけじゃないのだから。
桃花は扉の中を振り返ると、同僚女性たちに向かって、きっぱりと告げた。
「両親はもう亡くなっておりますので、残念ながらお見せすることはできません」