俺様CEOの子どもを出産したのは極秘です



 桃花は獅童を預けている子ども園の門柱へと向かう。

「獅童、迎えに来たよ」

「まま」

 仕事帰りに我が子を抱っこすると、日中の疲れや漠然とした不安も、どこかに飛んでいってしまいそうだ。
 ふにふにと柔らかい肌に頬を擦り寄せると、獅童も嬉しそうに頬ずりしてくる。
 担任の先生から、日中の園の様子などを尋ねた後、獅童を抱っこしたまま外に出た。

「じゃあ、帰りましょうか」

「うん!」

 獅童を抱っこしながら、桃花の心中は気が気ではなかった。

(総悟さん、大丈夫かしら?)

 あんな事態でも冷静そのものな総悟の態度が逆に心配なぐらいだ。

(無理しないと良いのだけど……)

 すると、獅童が桃花の頬をぺちぺちと叩いた。

「まま、やくそく!」

 そうして、背中のリュックにつけた黒いクマをアピールしてきた。

「ふふ、獅童ったら。そうね、獅童のパパなら、きっと大丈夫よね」

 桃花の頬が自然と緩んだ。

(そうよ、総悟さんを信じなきゃ)

 そうして、桃花は正面玄関を出て、遊具が立ち並ぶグラウンドを横切ってから、門の外に出る。
 道路沿いの門柱の手前、誰かと待ち合せをしている様子の女性が立ち尽くしていた。

(あれは……)

 流麗な黒髪に切れ長の瞳の持ち主である女性。
 なぜか、そこに立っていたのは……

(京橋阪子さん)

 彼女はそもそも総悟に気があるからこそ、彼の子どもを妊娠したと嘘を吐いていたはずだ。
 だから、総悟に会いに来るために、二階堂商事に顔を出すのであれば理解もできる。
 けれども、どうして獅童のいる子ども園の前で立っているのだろうか?

「こんにちは、梅小路さん、お会いしたかったです」

 彼女はこちらに向かってぺこりと頭を下げてくる。
 なんとなく警戒心を抱きながら、桃花は獅童をかき抱く力を強くした。

「社長にお話でしたら、今の時間の私に取り次いでも意味がありません。どうぞ会社に向かわれてください」

 しかしながら、阪子は首を横にフルフルと振った。
 彼女の表情は、初めて会った頃よりも冴えない。
 頬も心なしかこけているので、妊娠しているけれども、つわりがひどくて食事が入っていないだろうか。
 こちらに歩んでくる足取りも、ゆらゆらとして、まるで生きる屍のようだ。
 幸いながら、眼下が窪んでいないので、生きている人間だということが分かる。

「いいえ、今日は梅小路さんにお話があって、ここまで来たんです」

「私に、ですか……?」

「ええ」

 そうして、阪子がお腹をそっと撫でながら、桃花をじっとりと見つめてきた。


「……貴方に謝罪したいことがあるのです」


 ――桃花の頭の中で警鐘が鳴ったのだった。
< 157 / 189 >

この作品をシェア

pagetop