俺様CEOの子どもを出産したのは極秘です
帰国してからすぐ、都会の喧騒から少しだけ離れた海岸線沿いを、総悟は車の助手席のそばでぼんやり眺めていた。嗣子から「総悟、貴方に話したいことがあるの。気分転換も兼ねてドライブに出ましょう」と言われてドライブに出掛けていたのだ。けれども、空は曇り出して雨が降りはじめていた。
紺碧のSUVの車内では、姉弟で和気あいあいと……した空気はなく、ピアノソナタが流れる中、重苦しい沈黙が支配していた。
『総悟』
そんな中、嗣子が慎重に口を開いた。
『何?』
『貴方に話があると言ったでしょう?』
総悟は助手席からぼんやりと淀んだ海岸線を眺めて過ごしていた。外の風も激しく、防波堤には白波が打ち付けており、なんとなく嵐を予感させる空気だ。
『姉さんね、二階堂の家を出ようと思うの』
総悟はピクリとだけ反応した。
姉の嗣子には武雄という素晴らしい未来が約束された婚約者がいる。
いつかは来るだろと覚悟はしていた。
だけど、総悟が未来に対して悲観的になっている今、それを告げられるなんて思わず、嗣子のことが何だか薄情に思えてしまった。
『武雄さんには武雄さんの事情があるから、まだ話せていないのだけど……もしも武雄さんにダメだと言われたのだとしても、しばらくは外に出ていた方が良いと思っているのよ』
白昼夢でも見ているみたいに、総悟には嗣子の話が遠くに聞こえた。
まるで母のように接してくれていた姉だが、本当の母ではない。
まだ姉は若い。総悟の治療も終わったのだし、嗣子が晴れて自由の身になったとしても、誰からも責められるいわれはないだろう。
だけど、これから先どう生きて行けば良いのか分からなくなってしまっていて……
今までずっと手を引いて歩いてくれていたのに、突然手を離されて、一人で何でもしなさいと言われてしまった子どもみたいな気持ちがして……
自分だって世界に存在しているはずなのに、どこか見知らぬ空間で一人きりになってしまったような心地がして、自分のことなのに自分のことではないような……そんな心許ない気持ちになる。
挙句、幼い頃に母に出て行かれた時のことが急に思い出されて――総悟の鼓動をおかしくさせた。
自分が悪い子だったから、母は自分を置いて出て行ったのだと、幼い総悟は漠然とそう感じてしまっていた。
その時のことが頭に浮かんでは消えていって……
ああ、この人も――
(俺のことなんてどうでも良い、必要ないと思っていて……)
そうして――
(離れていってしまうんだ)
ドクンドクンドクン。
心臓が忙しなく鳴り響いて、耳元で拍動が聴こえてくるようだ。