俺様CEOの子どもを出産したのは極秘です
『総悟』
子はもう望めないだろうと審判を下された弟・総悟に対して、嗣子が恐る恐る声を掛けた。
『姉さんはね、貴方に子どもが出来なかったとしても、それでも貴方のことを愛して一緒に過ごしてくれる女性がきっと現れると思うの。だって、貴方は私の自慢の……』
だが、嗣子の話を遮って、総悟は叫んでいた。
『あんたに何が分かるんだよ……!』
『総悟……』
『あんたも、どうせ本当は、俺のことをお荷物だって思ってたんだろう!?』
『総悟、そんなことは思っていないわ』
『俺から離れていくくせに気休めばっかり言ってきやがって! 健康な体に生まれてきたあんたに何が分かる! 都合の良い言葉だけ並べやがって! ふざけるな、責任を取れもしないくせに!』
普段から優しく接してくれる嗣子の心を乱したくはなかった。
取り返しがつかない言葉を言い放ちたかったわけじゃない。
ドクンドクンドクン。
心臓の音がとにかくうるさい。
全てを言い放った後、総悟の胸に一気に後悔が襲ってきていた。
(まだ……まだ引き返せる。取り返しがつくはずだ)
謝れ。
謝るなら今の内だ。
許してはもらえないかもしれないけれど。
とにかく謝れ。
だけど、総悟は姉の表情を見るのが怖くて、膝の上に置いた両の拳をぎゅっと握った。
(ちゃんと謝らないと……)
総悟が勇気を出して顔を上げる。
フロントガラスの向こう。嗣子たちの前方を黒のファミリーカーが走っていた。
そうして、思い切って、総悟が嗣子へと視線を向けようとした、その時。
『……っ!』
嗣子が息を呑むと同時に急ブレーキを踏んだ。
総悟がフロントガラスに目をやる。
反対車線を赤いスポーツカーが高速で駆けてきたかと思うと、嗣子たちの前方を走っていた黒い車に激突したのだ。
かなりの衝撃で一台前の車がまるでオモチャか何かのように跳ね上がって、自分たちの乗る車のボンネットに激突してきた。
ドンッと衝撃が走ると車体ごと数メートル後方に弾き飛ばされた。
けれども、元々車間距離をとっていたおかげもあってか、嗣子の車が大破することはなかった。
一歩間違えていたら、前方の車のようになっていたのかもしれないと思うと、総悟は身震いする。
ハザードランプのカチカチという音がやけに大きく聞こえてきた。
『総悟、大丈夫だった……?』
嗣子は総悟の安否を確認しながら、しきりにお腹に触れていた。
『ああ、姉さん、俺は大丈夫だけど、前の……車たちが……』
総悟は慌てて自車の外に飛び出した。
ぶつかってきた車は大破していて、助けようにもどうしようもなかった。エンジンから黒い煙が吹いており、炎上するのも時間の問題だ。自分たちも急いで離れた方が良いだろう。
ひとまず救急車を急いで呼んでから、黒い車の助手席の窓から半身が飛び出していた女性が今にも車から落ちそうだったから、抱きかかえて地面に横たわらせることにした。どこからの怪我かは分からないが出血しているようだ。
『もも、これ……』
誰かと勘違いしているのだろう。意識を朦朧とさせながら、女性は小さな小包を総悟に手渡してきた。