俺様CEOの子どもを出産したのは極秘です

『やめて! 生まれてこなければ良かった人間なんて、この世にいるはずがない』


 桃花は勝手に身体が動いて、少年の前、青年へと立ちはだかっていた。
 激昂していた青年だったけれど、上げていた拳を震えながら降ろすと、集中治療室のある場所へと去って行った。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 後ろに立っているはずの少年はやはり反応がない。
 桃花が恐る恐る振り返ると、彼は片手で両眼を隠して嗚咽を漏らしていた。
 
『武雄義兄さんの言う通り、俺に価値なんてないんだ……ずっと誰かに助けてもらってばかりで……自分では何もできなかった。今回もそうだ。俺に力がないから……俺が自分のことしか考えきれなかったら……姉さんも君のご両親も誰も助けることができなくて……取り返しのつかない言葉をかけてしまった……姉さんに子どもがいたことに気づけなくて……こんなことになるんだったら……俺は……俺が死ねば……』
 
 少年の空いてる方の手を、桃花はそっと握りしめた。
 血の通った人間だ。とても暖かい。

『さっきお医者さんや看護師さん達がももかに教えてくれました。ももかの両親のことを助けようとして、お兄ちゃんが怪我したんだってこと』

 彼の手がピクリと震えた。

『少なくとも、私はお兄ちゃんが待合室にずっと一緒にいてくれて、飴をプレゼントしてくれて心強かったです』

 少年の翡翠色の瞳が揺れ動く。

『ももかは、難しいことは分かりません。だけど、これから生きていたら、誰かが役に立たないって言ってくることだってあるかもしれない――だけど、これから先、お兄ちゃんが生きていることで、生きているだけで絶対に誰かの支えになったり、役に立てるはずだから。無理して頑張りすぎたり、自分を偽ったりしなくても、その人はその人だから価値があるんです。だから、お兄ちゃんもお兄ちゃんだからこそ、価値があるんです』

 彼には彼の立場や境遇があって、全てを理解してあげられるわけではないけれど……
 もしかしたら、自分が両親が事故に遭うきっかけを作ってしまったと後悔していて、それを和らげるために――少年に対してではなく、自分自身に言い聞かせているのかもしれなかったけれど……

『ももかの大好きなヒーロー・獅童君の受け売りですけど……もしもこれから先、お兄ちゃんのことを悪く言いにくる人がいたら、ももかが獅童君と一緒に守ってあげます。お兄ちゃんが一人で寂しいんだったら、桃花が一緒に遊んであげますから』

 すると、少年が桃花の手をぎゅっと握り返してきた。

『一緒に遊んでくれるとか、面白いね』

 今の今まで暗い物言いばかりだった少年が少しだけ軽口を叩いた。
 そうして、彼が泣き腫らした真っ赤な瞳を和らげながら桃花に向かって微笑んだ。

『ありがとう』

 まるで天使のようだなと桃花は漠然と思ったのだった。


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