俺様CEOの子どもを出産したのは極秘です

35 父親と望まれない子

 嵯峨野に連れてこられたプレハブ小屋の五階、総悟と嵯峨野が対峙する姿を見て、桃花は十二年前の出来事を思い出していた。

(あの時、お父さんとお母さんの交通事故に巻き込まれた家族)

 それが総悟と総悟の姉・嗣子だったこと、嵯峨野が総悟に罵倒を浴びせていたこと。
 その後も両親の遺体と対面したり、葬儀に加害者側の家族が謝罪に来たりと、ショックな出来事が連続したせいで、記憶がすっかり抜け落ちてしまっていた。
 まるで当時の再現のような出来事が目の前で起こったため、記憶が想起されたというところだろう。
 桃花の心臓はまだバクバクと音を立てていた。

「まま」

 今は白いぬいぐるみの獅童くんではなく、ちゃんと生きた子どもの獅童が腕の中にいる。
 桃花は抱き落さないように、ぎゅっと我が子の身体を抱き抱え直した。

(総悟は何と答えるのだろうか?)

 桃花が固唾を呑んで男二人のことを見守っていると、総悟がゆっくりと口を開いた。

「嵯峨野、あんたに姉さんのことを教える前に、先に尋ねておきたいことがある」

「なんだ?」

「少なくとも俺の知ってる嵯峨野武雄という男は馬鹿じゃない。これまでの桃花ちゃんへの行動、全て刑事事件になると分かり切ってることだし、あんたが二階堂商事の株を買い占めたところで、俺が何らかの手を打つのだって分かっていたはずだ」

「総悟、こんな状況でも冷静だな」

「ああ、まあね、桃花ちゃんも見てるしさ。それにだ……」

 総悟が思いがけないことを告げる。

「俺は海外でもいくつか起業している。今しがた、嵯峨野グループの株を俺が全部買い占めることに成功した。わりとすんなり話が進んだんで、こっちとしては拍子抜けしてしまうレベルなんだけど?」

 桃花は瞠目した。

(嵯峨野社長が二階堂商事の株を半数買い占めたって言ってたけど、今度は総悟さんが嵯峨野グループの株を買い占めちゃったの……?)

 嵯峨野が衝撃を受けるかと思いきや、わりと反応は冷静なものだった。

「くくっ、それは――嵯峨野の会長が度肝を抜かしているだろうな」

 それどころか笑いはじめたので、桃花の背筋にゾクリとした感覚が駆ける。

(何? どういうことなの?)

 総悟が静かに問いかけた。

「へえ、むしろ俺のおかげで、あんたの都合の良い展開になったわけだ。あんたはいったい何を考えている?」

 すると、嵯峨野が不敵に笑んだ。

「今尋ねただろう? 俺はお前が許せないから不幸になってもらいたいし、嗣子がどうして死んだのか知りたいだけだよ」

「あんた、嵯峨野グループのトップだろう? 立場とかどうでも良かったの?」

 嵯峨野は静かに返答した。


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