俺様CEOの子どもを出産したのは極秘です
「……ああ、そうだ、嵯峨野グループの命運がどうなろうと、正直どうでも良いよ。嗣子のこと以外は本当に何もかもどうでも良いんだ」
遠い目をした彼が続ける。
「世間では、会長と僕は叔父と甥という関係になっているが、俺は嵯峨野グループの会長が愛人に産ませた私生児だ。そのおかげで幼少期は苦労の連続だったよ。日陰の身だった母は病んで療養しているし、正直父親など早くくたばってしまえと思っている」
その時、総悟が静かに返した。
「だから嗣子姉さんはあんたには何も知らせるなって……親父に伝えてたのか」
嵯峨野が眉を顰めた。
「総悟、どういうことだ?」
すると、胸倉を掴まれたままの総悟がジャケットのポケットから白い封筒を取り出した。
(見覚えがあるわ。確か、二階堂家にお邪魔した時に、京香さんが総悟さんに渡していたやつ)
「嗣子姉さんから京香さんが預かってたんだ。あんたの動きを見てたら、そろそろ馬鹿な真似しそうだなって思ってさ。姉さんはあんたが不幸になるのは望んでなさそうだし」
「嗣子の……!」
嵯峨野が勢いよく総悟から封筒を取り上げた。
急いで封を開けて便せんを取り出して、中身に目を通し始める。
(何が書いてあるの……?)
桃花の思い出した情報だと、おそらく嗣子は――
(嵯峨野社長の子どもを妊娠したまま事故に遭って、その後容体が悪くなって亡くなったんだわ)
しばらく戦慄いていた嵯峨野だったが……
そっと天を仰いでポツリと呟いた。
「ああ、そうか……やはりそうだったんだ」
総悟が語り掛ける。
「京香さんに聞いたけど……あんたが自分の生い立ちに悩んでいて『子どもは欲しくない』って話していたから、嗣子姉さんが妊娠してたことをなかなか伝えられなかったんだって。そうこうしてたら、事故が起きてしまって、嵯峨野が嗣子の死因を聞いたらおかしくなるんじゃないかって言ってなかったんだって。俺も姉さんのことがあって子どものことに対して過敏になってたから、最近教えてもらえたんだけどね」
嵯峨野がポツポツと口を開いた。
「そうか……」
そうして、彼はジャケットのポケットに手紙をしまうと、総悟のことを見据えると、寂しそうに微笑んだ。
「僕のせいで嗣子が死んだんだってはっきり分かって良かったよ」
総悟が返す。
「別にあんたが原因じゃあない。不幸が重なっただけで……」
だが、嵯峨野は首を横に振った。
「いいや、僕が彼女を追い詰めたんだ。薄々気づいていたんだよ。そうなんじゃないかって。彼女の遺品の中に、作りかけの小さな手袋があったんだ。だけど、認めたら自分自身が壊れてしまいそうだった。しかも、周囲があまりにも真実を隠すものだから、甘えてしまって怒りの矛先をお前にぶつけてしまった」
「嵯峨野」
「本当に憎むべきは総悟ではなく――自分自身だったのに……」
そうして、嵯峨野が優しい眼差しで桃花の抱える獅童を眺めた。
「嗣子の甥っ子になるのか……嗣子は『総悟に奇跡が起きますように』と話していたよ。もしも生まれていたら、僕と嗣子の子どもと仲良くしてもらえてたかもしれないのにな。どうか嗣子の分も幸せになってほしい」
嵯峨野はどこか悟りを開いたかのような口調で、桃花は違和感を覚える。
その時、突然、嵯峨野が机の上に置いてあった作業用の白熱ランプを手に取り、床へと打ち付けた。
ランプが割れる。雨が降っていたはずだが、室内は乾燥していたのか、炎が絨毯へと燃え広がって、嵯峨野を包み込んだ。