俺様CEOの子どもを出産したのは極秘です
「きゃっ……!」
「桃花ちゃん! ちびっこ!」
総悟が慌てて桃花と獅童を抱き寄せた。
嵯峨野が夜空へと視線を向けながら続けた。
「嗣子、やっとで僕も君の元へいける」
嵯峨野が元から何か施していたのだろうか、湿度が高いはずなのに、炎の勢いが止まらない。
総悟が桃花たちを扉の向こうにある階段へと向かうように促しながら、嵯峨野に向かって叫ぶ。
「嵯峨野! こっちに来い!」
だが、嵯峨野の意識はもう嗣子の元へといってしまっているのか微動だにしない。
「僕はここで死なないといけない。もうこれ以上、生きてたって希望なんかない。彼女のいない世界なんて生きていたくないんだ」
嵯峨野の呟きに対して総悟が叫んだ。
「ダメだ! 誰を憎んだって良い! 怒りの行き場がないんなら、俺を憎んだままでも構わない! それがお前が生きる原動力になるんなら! だけど、ちゃんと自分がしでかした責任は最後まで見届けろ! 姉さんの代わりに、あの子の成長を見守るんだよ! 姉さんの願い通り、最後まで生き延び続けろ!」
嵯峨野の瞳が揺れ動く。
すると、総悟が炎をかいくぐって呆然自失の嵯峨野の元へと辿り着くと、肩を担いだ。
「ああ、もう世話のやける義兄だな! 桃花ちゃんは先に降りておいて!」
「総悟さん!」
「俺は嵯峨野を担いで一緒に降りるから」
「分かりました!」
そうして、桃花は獅童を抱っこしたまま、外階段に備え付けてある階段を駆け下りる。
後ろから炎と黒煙が追いかけてくる中、懸命に階段を降りた。
総悟は力も強いのか、嵯峨野を担いでもわりと平然としている。
総悟が元々警察を呼んでいたのか、階下には警察官たちがひしめいていた。道路の向こうには消防車の紅いランプも見える。
(良かった、これで炎に撒かれないで済む)
けれども油断は禁物だ。
桃花が慎重に階段を降りきると、嵯峨野と一緒に総悟もなんとか二階と三階の階段まで降りた。
その時、嵯峨野が総悟のことを振り払うと三階へと逆戻りしようとする。
「嵯峨野!」
どうやら、嵯峨野のジャケットから先ほどの便箋が飛び出したようなのだ。
「嗣子」
白い封筒はひらひらと舞い踊りはじめて、階上へと登っていく。
その時、獅童が桃花の両腕をものすごい力で這い出し始めた。
「獅童? どうしたの、落ち着いて……! 獅童!」
桃花の腕を振り解くと、獅童は階段を登りだす。
「ちびっこ!?」
総悟のことも嵯峨野の脇をかいくぐって、獅童が小さな手で手紙をキャッチした。
「だいじ!」
瞬間、二階と三階の間の小窓の窓ガラスが割れて黒煙と炎とが噴き出しはじめた。
「きゃっ……!」
桃花を総悟が庇う。
錆びて古かったのか、外階段が崩れてしまい、獅童が三階に取り残される格好となった。
煙が我が子を取り巻きはじめる。
「獅童! 総悟さん、待ってください! 獅童が!」
我が子と引き離された半狂乱になりかけた桃花を総悟が抱えると、階下まで降り切った。
嵯峨野は階段の中段ぐらいで呆然としている。
獅童は三階の階段の手すりの間で手紙を抱えてプルプルと震えていた。