俺様CEOの子どもを出産したのは極秘です
最終話
嵯峨野との事件の後、数か月が経った。
彼は医師の診察後に心神喪失と判断され、現在は刑務所病院で過ごしている。徐々に回復しているようで、退院の目途が経ち次第、法で裁かれることになるだろう。
嵯峨野機器社長による不祥事だったが、嵯峨野グループ自体が二階堂グループの傘下に入ったばかりだった。かなりの大騒動になりそうだったが、嗣子との話や会社のスキャンダルは避けたいということもあり、嵯峨野の一件は公にならないように、総悟が緘口令を出したようだ。
刑務所を出所後に彼がどうなるかは分からないが、ちゃんと罪を贖ってから社会復帰を果たしてほしいと思う。
(総悟さんも『桃花ちゃんが帰って来てなかったら、俺もああなってたかもしれないね』と話していたわね)
総悟は嵯峨野のことを元は慕っていたようだし、まだ胸中は複雑だろう。
もちろん、嵯峨野と大学時代に同じゼミで過ごしていた竹芝も沈痛な面持ちを浮かべていた。
『嗣子ちゃんの一件があるまでは、武雄くんはすごく好青年だったんですよ。あの交通事故で人生が大きく変わってしまいましたね。嗣子ちゃんが生きていたら、きっと子どもと三人で楽しく暮らしていたでしょうからね』
そうして――
嵯峨野の一件からしばらく経った頃、京橋阪子が桃花と総悟の前に姿を現わした。
竹芝は覚えていないようだったが、どうやら阪子は、嵯峨野・嗣子・竹芝・京香と同じ大学の同級生だったようだ。
『私の母が乗っていた車が、梅小路さんのご両親の車にぶつかってしまいました。そうして、二階堂社長のお姉さんのお車まで巻き込んでしまいました』
阪子は、母が起こした事故に自責の念をずっと感じていたそうだ。
大学の同窓会でたまたま武雄と顔を合わせた。彼に対して罪悪感があった阪子は、彼の持ちかけてきた話に協力することにしたのだそうだ。
だが、実際に二階堂商事に企業スパイのような形で侵入した際に、どうやらおかしいことに気付いたようだ。
さらに、総悟の専属秘書として桃花の姿を見つけてしまい、いよいよおかしいと思ったようで、獅童の子ども園の前で待ち伏せしていたのだという。
どうやら話を聞くに、嗣子のことを愛していた武雄が阪子に手をつけることは一切なかったらしい。
『ずっと、梅小路さんのご両親に申し訳ないと思っていました。お金に余裕がなかったし、結局事故のお金も梅小路さんたちのお家には支払えず……』
桃花は阪子に対してきっぱりと答えた。
『やっぱり十二年経っても、心のどこかで割り切れない自分がいます、許せないと思う気持ちがどこか燻ぶっています。両親が生きていたらって、いつも思います。だけど、事故を起こしたのは、阪子さんでなく、阪子さんの親御さんです。だから、どうかご自身の人生を歩んでください』
阪子の瞳に涙が浮かぶ。
『本当にごめんなさい。ありがとうございます』
それだけ言うと、阪子は桃花と総悟に頭を一度だけ下げて、どこかに去って行った。
(阪子さんを恨んだところで、私の両親は帰ってこないもの。代わりにおじいちゃんやおばあちゃんが私を大事にしてくれたし、それに……)
桃花には総悟と獅童が一緒なのだ。
(私には大事な家族がいるのですもの)
あれから桃花と総悟との結婚話は今までが何だったのかというぐらいトントン拍子に進んだ。
(いよいよ今日は総悟さんとの結婚式)
今日の結婚式が済めば、桃花と獅童も総悟の新居にお邪魔することになっている。
桃花は鏡に映る自分を眺めた。
髪はまとめあげ、桃の花が飾られた愛らしいカチューシャの下にチュールで出来たウェディングヴェールをつけている。
胸元にはダイヤのペンダントがキラキラと光っている。
ドレスはマーメイドラインのものにした。ストラップレスネックで、上半身からひざ下まではぴったりとしたデザインであり、ひざ下から裾にかけては人魚のひれのように広がっており、とても優美なデザインだ。
(総悟さんも準備は出来たかしら?)
獅童は今頃五人の祖父母に囲まれて幸せに過ごしているはずだ。
「それでは新婦様、お時間です」
「はい」