俺様CEOの子どもを出産したのは極秘です
社長室に到着するなり、総悟は椅子にドカリと座って、大仰な溜息を吐くと、しばらくだんまりになった。PCや書類に目を通したりはせず、脚を組んで瞼を閉じているだけだ。
(ちゃんと仕事中に小休憩を取るようになったみたいで良かったけれど、それにしたって不機嫌ね。私は仕事を始めてしまいましょう)
桃花は総悟の様子を確認した後、自分のデスクに戻って着席すると、自身に割り振られた仕事をはじめた。
カタカタカタカタ。
彼女がキーボードを打つ音だけが室内に響く。
わりと調子良く叩いていた、その時――
「君はさ、俺の専属秘書だよね」
突然、総悟が桃花に声をかけてきた。
PC画面から顔を上げて机から乗り出すと、パーテーションの向こうにいる彼の顔を覗き見る。
「ええ、社長、それがどうなさいましたか?」
先ほどと同じように、総悟の表情は険しいままだ。
「俺に対して何か言うことないわけ?」
総悟が何か言いたげに視線を送ってくるが、桃花としては特段何か伝えたいことはない。
「ええっと、何もございません」
すると、総悟が再び静かになった。
桃花は席に戻ると、彼のことは無視してスケジュールの見直しをおこなう。
(社員の皆さんに負担がならないように……こちらの海外のお客様の接待には……高級寿司も真新しいけれど、回転寿司はどう? 庶民的すぎるかしら……? だけど、意外性があって外国の人には喜んでもらえるかもしれない。ええっと、どんな性格の人か著書を調べてみて……)
すると、総悟が再び口を開いてきた。
「君はさ、俺の専属秘書なわけでしょう? 上司の機嫌を取るのも君の役目じゃないの?」
桃花は再び顔を上げざるを得なくなった。再びパーテーションの向こうにいる総悟へと顔を覗かせる。
「もう令和です。私ですからスルーしますけれど、そういった対応を他の人にもしていたら、パワハラ扱いされて訴えられてしまいますよ。今は訴訟社会です」
総悟はやはり不機嫌なままだったが、ポツポツと口を開きはじめる。
「だってさ……」
彼は、そっぽを向いたかと思うと眉根をぎゅっと寄せた。
「……君は、竹芝には笑うんだなって……」
「え?」
総悟の口から思わぬ発言が飛び出してきたので、桃花は驚きに目を見張る。
「最近、俺にはあんまり笑ってくれないから」
彼がなんだか寂しそうな犬のように見えて、彼女の胸がきゅんとしてしまう。
(その顔に昔から弱いのよ……)
だけど、ここは職場だ。
桃花は緩みそうになる表情を引き締めて返答した。
「それは……意地悪をしてくる相手には、誰でも笑い掛けないかと」
「意地悪?」
総悟の問いかけに桃花も真面目に返すことにした。