結婚したくない二人の話~完璧イケオジエリートは、実は独占欲強めなケダモノでした~
この割烹料理店は、ランチは手ごろだが夜のコースは高い。それは承知して支払いも覚悟していた。でも、「僕が誘ったからご馳走しますよ。お見舞いだと思ってください」と言われてしまい、お言葉に甘えることにした。
「食欲なんかないと思いますが、あなたが食べたいと思ったものを」
穏やかな口調でそう告げた八木沢さんは、このお店の落ち着いた雰囲気に馴染んでいる。きっとこういう大人のためにあるんだな、高級料理屋さんって。
清潔な店内に漂うお料理の良い匂い。さっきまで吐き気もして、なにも食べたいと思わなかったのに、お腹がすいている。結婚式の直前に破局したのに、我ながら薄情だなと思う。
このお店にはメニュー表がなく、旬のものを中心に、毎日違う献立になっているらしい。もずくのお吸い物がとても美味しくて温かい。
シンプルな器に品よく盛られた美味しいお料理に、確かに何度でも通いたくなるお店だと思った。お高いので、私には無理だけど。
八木沢さんのことは道すがら聞かせてもらったので、今度は私が自分のことを話した。
小学生の頃に両親が事故で他界し、一人残された私は祖父母に育てられた。祖父母の家は東京都江東区にあったが、祖父母の死後は老朽化を理由に取り壊され、親戚の手によってすでに土地も売却されている。