結婚したくない二人の話~完璧イケオジエリートは、実は独占欲強めなケダモノでした~

「大丈夫です。さすがプロで、骨董品には一切触れずに荷入れしてくださいました。これから荷解きして、掃除します」
「でも……」
 
 彼が困惑と焦りの混ざった表情でこちらを見ているから、(そうだ、いま泣いていたんだ)と思い出した。

 服の袖でぐいぐい顔を拭いて、玄関に向かいながら「すみません、お見苦しいところを」と謝ったが、八木沢さんは無言のまま玄関前に立ち尽くしている。

「そうしていつも、声を出さずに泣くんですか?」

 問いの意味がわからず黙っていると、八木沢さんがジャケットのポケットからハンカチを取り出していたから、(ハンカチ持ち歩いてるのかぁ偉いなぁ)と、どうでも良いことに感心した。

「東京駅でも泣くのを我慢していましたよね」
「……そうでしたっけ?」
 
 泣きたくないとは思っていた。こんなやつのために泣きたくない、と。

 また風が抜けていく。私の長い髪が揺れて顔にかかったので、うっとうしいなと思った。ばっさり切ってやる。そう思いながら答えた。

「我慢するの、癖かもしれないです」
「我慢しなくていいと思います。失恋するのは誰だって辛いです」
「失恋……」

 そうか、これは失恋なんだ。喪失の痛みってこれか。



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