亡命した貴族令嬢は隣国で神のような愛に包まれ、名家奪還の大逆転を遂げます!

6.奥様

リュメル様の執務室まで誰にも見つからずにたどり着きましたが、扉の前で人の声が聞こえてきます。聞き耳を立てるのははしたないと思いつつ、へクセの甘えた声が気になり、つい扉に耳を傾けてしまいました。

「あの娘、リュメル様に気に入られようと必死ですわ!」
「まさか……?」
「ねえ、リュメル様も甘い顔してはいけませんよ」
「そんなつもりはない。僕はフロリアンに面倒な仕事を押しつけて楽をしたいだけだよ」
「それならいいんだけど」
「こうしてへクセとも長く一緒にいられるじゃないか。これもフロリアンのおかげだよ」
「そうね……でも、あの娘と直接やり取りはしてほしくないわ」
「うむ、そうは言っても国の重要書類だからね」

ここまで聞いて私はため息をつきました。想像通りの会話ですが、腹が立ちます。

「あ、そうだ!いいこと思いついたわ、リュメル様!」

えーと、何かしら?国の重要書類だから直接渡すべきですが?

嫌な予感がします。どうせロクでもない発想だと思いますが、要注意です。私は慎重に扉に張り付いて耳を澄ませていたその時、足音が聞こえてきました。

これは危険です。こんな姿を見られたら酷い仕打ちが待っています。へクセの「いいこと」とやらが気になりましたが、やむをえずこの場を立ち去りました。

***

数日後のことです。

「おい、フロリアン。支度しろ!」
「はい……?」
お掃除をしていたらモッペルが呼びに来ました。
「何のお支度でしょう?」
「お前に来客の予定がある。まずはその薄汚い体を洗え!」

薄汚いですって!?失礼にも程があります。私は毎日残り湯で入浴しています!……と言うか、来客ってどなた様でしょうか?

モッペルに言われるがまま入浴し、髪を結い、久しぶりにお化粧を施されました。そして趣味の悪い派手なドレスを着せられ、お下品な香水まで振りかけられて……

そこへへクセが現れました。妙な笑顔が気になります。
「あーら、奥様。とってもお似合いですこと!」
やっぱり怪しい。何が奥様ですか!……まあ、単に馬鹿にしているのでしょう。

「あの、来客って?」
「もうじき来られますわ……リュメル様にお仕えする事務官がね」
「私に何の御用でしょうか?」
「外交の仕事ですわ。これからはリュメル様ではなく、その事務官とやり取りをして頂戴。奥様」

なるほど、これが「いいこと」ですね。へクセは私がリュメル様と会うのがよほど気に入らないようです。でもいいでしょう。私の意見を聞いてくれるなら、事務官の方がむしろ好都合です。

「かしこまりました」

私は公爵夫人。仕事とはいえ、その瞬間だけは本来あるべき姿になれるのです。考えようによっては処遇が改善されたようなもの。リュメル様に会えないことは正直、何の苦にもなりませんから。
< 6 / 23 >

この作品をシェア

pagetop