返り咲きのヴィルヘルミナ

気になること

 そこから十日程経過した。
 気温も低くなってきており、ドレンダレン王国に冬が近付いている。
 この日、ヴィルヘルミナはマレインと共に孤児院訪問の後、革命推進派の集会に参加する。
 孤児院の裏口から出たヴィルヘルミナとマレイン。
「よう、マレイン、ミーナ……いや、王太子妃殿下か」
 よく知っている声が聞こえた。その者の姿を見て、ヴィルヘルミナとマレインは明るく笑う。
「まあ、ラルスお義兄(にい)様」
「何だか久しぶりですね、兄上」
 ラルス・テイメン・ファン・エフモント。今年二十一歳を迎えるエフモント公爵家長男で次期当主。ラルスの実兄でヴィルヘルミナの義兄でもある。黒褐色の硬い癖毛にラピスラズリのような青い目の、凛とした顔立ちの青年だ。ラルスも革命推進派の集会に参加している。
 社交シーズンはもう終わっているが、革命推進派の集会に参加する貴族達は王都の屋敷(タウンハウス)に残っているようだ。
「そうだな。それにしても、その格好も意外と似合うな」
 ラルスはフッと笑う。今のヴィルヘルミナとマレインは赤茶色のカツラと眼鏡をかけて変装していた。中産階級(ブルジョアジー)の兄妹、マルとヴィリーになりきっている。
 革命推進派の貴族達もいるが、まだヴィルヘルミナが正体を明かすのは危険であった。
「ラルスお義兄様、色々と協力してくださって本当にありがとうございます」
 ヴィルヘルミナは真っ直ぐラルスを見てお礼を言う。
「いや、当たり前のことだ。俺も、悪徳王家にはうんざりしているし。……て言うか、やめろよミーナ、そんな態度。お前は今王太子妃殿下だし、そのうち女王陛下になるんだろう?」
 ラルスはニヤリと笑う。
 かつてラルスは義妹(いもうと)のヴィルヘルミナに想いを寄せていたが、今ではすっかり吹っ切れていた。
「ラルスお義兄様がその態度を変えたら(わたくし)もそうしますわ」
 ヴィルヘルミナは悪戯っぽく微笑んだ。まるで昔のように戻った気分である。
 ヴィルヘルミナはドレンダレン王国の正統な王家−−ナッサウ王家の血を引いているので、求められたら女王として君臨出来るのだ。
 そしてラルスはマレインの方へ向かい、ガシッと肩を抱く。
「兄上、どうしたのですか?」
 マレインは困ったように微笑む。するとラルスはヴィルヘルミナに聞こえないような小声で話す。
「お前、ミーナに気持ち伝えたのか?」
 ラルスのラピスラズリの目は兄らしい優しさがあった。かつてはライバルだった弟の恋路を案じているようだ。マレインは困ったように笑う。
「まだその時期ではありませんよ。ミーナ……王太子妃殿下はまだ志(なか)ば。彼女を煩わせることはまだ出来ないですよ。それに……」
 マレインは真剣な表情になる。
「この先、王太子妃殿下の隣にいるのが僕でなくとも、僕は一生彼女を支えるつもりですよ」
 マレインのクリソベリルの目からは覚悟が感じられた。
「お前、やっぱり格好良い男だな」
 ラルスはフッと笑い、マレインの肩を叩いた。
「一体何をコソコソと話していらっしゃるの?」
 ヴィルヘルミナはきょとんとしている。二人の声は聞こえていなかったようだ。
「何でもねえ。それより、早く集会へ行くぞ」
 ラルスがそう言い、ヴィルヘルミナとマレインも集会が行われている出版社へ向かうのであった。





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 この日の集会も熱があった。
 革命推進派の貴族達の協力、密かに武器庫から盗んだ武器、秘密警察に捕まる同志も激減。確実に革命推進派は力を付けていた。それも、密かにヴィルヘルミナが情報収集してラルスに回していたお陰である。しかしそれを鼻にかけたりはしないヴィルヘルミナ。
「さて、じゃあ次はいつ悪徳王家を襲撃して革命を起こすかだ」
 革命推進派のリーダーであるコーバス・ヒュッケルがそう切り出す。アッシュブロンドの髪にタンザナイトの目。厳ついがよく見たら美形の青年である。彼のタンザナイトの目からは真剣さが(うかが)える。
 その時、コーバスが着ていた服のポケットからハンカチがひらりと落ちた。
 近くにいたヴィルヘルミナがそれを拾う。その時、ヴィルヘルミナはハンカチに刺繍されている紋章に目を奪われた。
(この紋章は……まさか……!?)
 ヴィルヘルミナはタンザナイトの目を見開く。銀色に縁取られた赤いチューリップの紋章である。
「あ、俺のハンカチ、落ちてたか。ヴィリー、拾ってくれてありがとな」
 コーバスはニッと歯を見せて笑った。
「いえ、どうぞ、コーバスさん」
 ヴィルヘルミナは戸惑いを悟られないようハンカチをコーバスに返した。
(あの紋章……オーヴァイエ筆頭公爵家のものだったわね……。だけど、オーヴァイエ公爵家の方々は、十八年前のクーデターで全員殺されてしまったと聞いているわ……。何故(なぜ)コーバスさんがオーヴァイエ筆頭公爵家の紋章が入ったハンカチをお持ちなのかしら……?)
 ヴィルヘルミナは考え込む。その間にも、革命推進派の話は進んでいく。
(いけないわ。今は革命を起こしてベンティンク家やその派閥の者達を一掃することに集中しないと)
 ヴィルヘルミナは切り替えてコーバス達の話に加わるのであった。





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 革命推進派の集会が終わり、出版社から出たヴィルヘルミナとマレイン。
(結局コーバスさんに紋章のことは聞けなかったわ……)
 ヴィルヘルミナはコーバスのハンカチに刺繍されていた紋章が気になっていた。
(また次の集会の時に聞いてみましょう)
 そう切り替え、変装を解く為に細い道に入った時のことだった。
「孤児院訪問だと聞いていたのですが、まさかこんな所にいらっしゃるとは。しかも、変装をしてまで」
 聞き覚えのある声がして、ヴィルヘルミナとマレインは全身が強張(こわば)る。
(嘘……)
 必死に表情には出さないようにしているが、ヴィルヘルミナの呼吸は浅くなっていた。心臓に直接氷水を注がれているような恐怖に襲われていた。マレインはそんなヴィルヘルミナを守るように抱き寄せる。
 そこにいたのは艶やかな赤毛にサファイアのような青い目の、妖艶な女性−−サスキアだった。
「どうやらお二人は革命推進派に入れ込んでいるようですね。……王太子妃殿下、マレイン卿」
 サスキアは妖しげな笑みを浮かべていた。
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