返り咲きのヴィルヘルミナ
ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・ナッサウ

決行日

 ドレンダレン王国の社交シーズンは夏になりかけている時期から始まる。
 王宮内は夜会に向けての準備でドタバタとしていた。
 そんな中、王太子妃ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・ベンティンク……本名ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・ナッサウは、護衛騎士マレイン・テイメン・ファン・エフモントと侍女サスキアと共に、孤児院へ向かう。
 寄付や子供達に読み書きや算術を教える為である。しかし、これは隠れ蓑に過ぎない。ヴィルヘルミナ達の本当の目的は孤児院訪問ではなく、近隣に集った革命軍と合流する為。
「いよいよ今日ね……」
 ヴィルヘルミナは真剣な面持ちである。太陽の光に染まったようなブロンドの髪は、いつも以上に輝いており、タンザナイトの目は真っ直ぐ未来を見据えていた。
「ああ、そうだね。……心置きなくやろう」
 マレインは黒褐色の柔らかな癖毛を耳にかける。クリソベリルの目からも真剣さが(うかが)える。
 マレインはヴィルヘルミナの護衛騎士でもあるが、それ以前に一緒にエフモント公爵家で育った家族である。よって、人が少ない場所ではこうして気軽な態度でヴィルヘルミナに接するようになった。
「馬車の準備が整ったようですわ」
 サスキアは妖しく口角を上げる。艶やかな赤毛にサファイアのような青い目を持つ、妖艶な美女である。彼女はナルフェック王国の諜報部隊の一員だ。
 ナッサウ王家の生き残りであるヴィルヘルミナは、ナルフェックの女王ルナから協力を取り付けているのだ。

 孤児院訪問後、もうヴィルヘルミナとマレインは変装することなく革命軍が集会に使っている出版社へ向かう。ナッサウ王家の血を引くヴィルヘルミナが来たことで、革命軍の士気が上がり、皆表情が明るくなった。
 ヴィルヘルミナの元に、アッシュブロンドの髪にタンザナイトのような紫の目の青年がやって来た。厳つい顔立ちではあるがよく見ると美形である。彼はコーバス・ヒュッケル……本名コーバス・ノアハ・ファン・オーヴァイエ。クーデターで殺されたオーヴァイエ筆頭公爵家の生き残りなのだ。
 コーバスは革命軍のリーダーである。
「王太子妃殿下、王宮の方はどうだ?」
 コーバスがそう聞いてくると、ヴィルヘルミナは余裕な笑みを浮かべる。
「問題ありませんわ。ベンティンク家や、その派閥の者達は一切気付いておりません」
「そうか……」
 コーバスはニヤリ笑う。そして時計を確認し、革命軍の者達に目配せをする。
「時間だ。始めるぞ」
 その瞬間、ドーン! と王都マドレスタムのあちこちで爆発音が響く。
「ようやく始まるのね……」
 ヴィルヘルミナのタンザナイトの目は、力強く未来へと向いていた。





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 王宮にて。
「国王陛下! 大変でございます!」
 ベンティンク家派閥の貴族が顔を真っ青にして国王アーレントの元へやって来た。息を切らしている。
「そんなに慌ててどうしたのだ?」
 アーレントは横柄な様子で玉座に座っていた。
「王都で同時多発の爆撃がありました!」
「何だと!?」
 アーレントはギョッと目を見開いて玉座から立ち上がる。
「爆撃だなんて、何と物騒な……!」
 隣にいた王妃フィロメナが怯えたような表情になる。
「それで、爆撃があったのはどこなのだ?」
 アーレントが貴族に詰め寄る。
「は、はい。爆撃場所は……リンデン侯爵家やフーイス男爵家など、ベンティンク家派閥の貴族達の王都の屋敷(タウンハウス)です!」
「一体誰の仕業だ!?」
 アーレントは報告した貴族に詰め寄る。焦りの表情が見えた。
「げ、現在調査中です」
 詰め寄られた貴族は若干後退(あとずさ)りした。
「とにかく、徹底的に原因を調べろ! 犯人がいるのなら、必ず捕らえて投獄せよ!」
「承知いたしました!」
 アーレントにそう言われ、貴族は去って行った。
 するとまた慌てた様子で別の貴族がやって来る。
「陛下! 大変です! 武装した民達が王宮(こちら)へ向かって来ております!」
「何だって!? 次から次へとどういうことだ!?」
 アーレントは混乱と怒りで報告しに来た貴族に怒鳴り散らす。
「詳しいことはまだ……。国王陛下、どうなさいますか?」
「追い払うに決まっている! 今すぐ騎士団に招集をかけろ! こちらも武器で対応する! 死者が出ても構わない!」
 アーレントはそう命じた。
 そしてしばらくすると、騎士団関係者が青ざめた表情でやって来る。
「国王陛下……! 大変でございます……!」
「今度は何だ!?」
 次から次へと何かが起こるものなので、アーレントは額に青筋を立てていた。
「武器庫の武器が……ほとんど使えないダミーにすり替えられております!」
「どういうことだ!?」
 喚き散らすアーレント。とても国王の器とは思えない。

 実はヴィルヘルミナが武器庫の警備が手薄になる時間帯を調べていた。それをラルス経由で騎士団にいる革命推進派の貴族に渡し、騎士団内部の革命推進派が武器を盗むと同時に使えないダミーとすり替えていたのである。

「父上! 王都で何やら騒ぎが起こっているようです!」
「爆発音が聞こえて怖いですわ!」
 王太子ヨドークスと彼の愛妾ブレヒチェがやって来た。
 そしてまた別の貴族が血相を変えて駆け付ける。
「国王陛下! 革命軍を名乗る奴らと諸外国からこんな宣言が出されています!」
 貴族が王都で配られていたビラと諸外国から届いた手紙をアーレントに渡す。

『ナッサウ王家の生き残り、ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・ナッサウの元、ドレンダレン王国はかつての栄光を取り戻す! 我々にとっての王家はナッサウ家のみ! 王座に居座るベンティンク家を排除して、我々は国を取り戻すのだ!』

『ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・ナッサウこそ、ドレンダレン王国女王! 今すぐ王位を退くのなら、ベンティンク家派閥への極刑は避けるよう革命軍に口添えしましょう!』

 一つ目は革命軍、二つ目はナルフェック王国を始めとする近隣諸国からである。
「そんな……ヴィルヘルミナが、ナッサウ王家の生き残り……!?」
 フィロメナは仰天していた。
「ヴィルヘルミナ様は国を売ったのよ!」
「地味で役に立たない奴だと思ったが、売国奴だったのか!」
 ブレヒチェとヨドークスは怒りを露わにした。
「今すぐ……今すぐ革命軍とやらを全滅させよ! ヴィルヘルミナも捕らえて処刑だ!」
 アーレントはワナワナと怒りで震えていた。





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 一方、ヴィルヘルミナ達革命軍はコーバスを先頭に、徐々にベンティンク家が揃う王宮へ進軍していた。
 軍服を身にまとい、太陽の光に染まったようなブロンドの長い髪を後ろで一つにまとめているヴィルヘルミナ。タンザナイトの目は力強く未来を見据えている。
「さあ、ドレンダレン王国を取り戻しましょう!」
 ナッサウ王家の血を引くヴィルヘルミナの言葉に、革命軍や彼らに加わった民衆がわあっと湧くのであった。
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